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「亥の子」歌詞は時代錯誤―伝統行事の今後

time 2017/03/13

実家がある田舎では「亥の子」という行事がありました。

その行事は、10、11月頃にその集落にいる小学生4年~6年の男女と大人が集まって、5本前後のロープが付いたお餅の形のような石を持ち、「亥の子の唄」を唄いながら各戸の庭にその石を地面にたたきつける作業により、秋の収穫を祝うと同時に各戸の厄を払うものでした。

「亥の子」を始める前には、最初に村の神社へ行くことが決まりになっていて、その後、村の神社に預けているロープが付いた石を持って、集落全戸の庭を石でついていました。

各戸をまわる際に、各戸からお菓子やお金をもらっていた記憶があります。へこんだ地面には細かく切った折り紙を撒いていくため、「亥の子」が終わった家は一目で分かったものです。

昔は小学校高学年の男の子だけでやっていたそうですが、少子化の波を受けて女の子や大人も参加する流れになったようです。

でも、「亥の子」は西日本に残る風習のようで、関東にきてからは全く聞きません。西日本特有のものなのでしょうかね?

親が「亥の子の歌詞は良くない」と言っていたので、「亥の子の唄」の内容はあまり良くないようです。確かに思い返してみると、差別用語的なものが含まれていました。以下は私の集落で唄われていた「亥の子の唄」の歌詞です。

(亥の子の唄)

いーのこ いのこ 亥の子餅ついて
祝わん者は 鬼産め蛇産め 角の生えた子を産め
えっべっさん 大黒さん

一(いち)で 俵を踏まえて
二(に)で にこにこ笑って
三(さん)で 酒を造くって
四(よっ)つ 世の中善いように
五つ(いつつ) いつもの大社
六つ(むっつ) 胸を揃えて
七つ(ななつ) 何事(なにごと)無いように
八つ(やっつ) 屋敷を広めて
九つ(ここのつ) ここに蔵を建て
十(とお)で とうとう納まった

繁盛せー 繁盛せー

重い石を持ってこの唄を歌いながら50~60軒周るため、かなりの体力を要します。毎年終わった後は筋肉痛になっていました…が変な達成感もあったんですよね。

ちなみに、「亥の子」の風習は平安時代からあるものらしく、元々は中国の言い伝えである無病のおまじないから始まったそうです。それが時代が進むにつれて、秋の収穫祝いや猪(亥の子=イノシシ)にあやかった多産祈願の意味が加わったといわれています。

しかしながら、改めて「亥の子の唄」の歌詞を眺めてみると、先ほども話したように現代にはそぐわない部分もあります。たいして気にする必要はないのかもしれませんが、私自身がいまだに歌詞を覚えているほどなので、けっこう影響力が大きいものだと思います。

今後も続けていくなら時代に合わせて、歌詞を含めて「亥の子」の在り方自体を変化させていく必要があると思います。

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