ぺんぎんメモ

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身体を犠牲にした生き方はもうやめる

time 2017/03/06

生前、父方の祖母の身体に農作業最中に出来たと思われる無数の傷跡を見たことがありました。

農家の長女として昔から男のように働いてきた人だったようで、高齢となってからも田植えの時期になると毎朝4時半に田んぼに張る水をもらいに村の集まりに出ていたというのを親戚から聞いたことを覚えています。

祖母は女学校を出た後自宅の農業の担い手として、自分の下に11人の兄弟を抱えながら(生きて成人したのは3人だけ)必死に生きていたようです。ただ、日々の愚痴だけでなくそうした過去のことは一切孫の前で語ることはなく実際のところはわかりません。

それは、思い出したくないほど過酷な人生を送っていたからではないかと思うのですが、それも想像でしかありません。

事実としていえるのは、今のように道路が整備されていなかったことと山の中に住んでいたということです。祖父母が住んでいたのはそれこそド田舎で、どう見ても裕福とはいえない家計状態だったようです。

祖父は農家をしながら兼業として大工や出稼ぎをし、祖母も家政婦と農業を兼業して暮らしていたと親戚から聞いたことがあります。祖母は働きすぎのために4回も流産をし、最後に生まれたのが私の父親だったそうです。当時の農村には非常に珍しい1人っ子でした。

身体を酷使した結果、祖父母は2人共が入退院を繰り返した状態になっていたそうです。朝から晩まで働き通しだった親を見ればその子どもが同じような状態になるのは目に見えており、私の父親も人の10倍もの速さで人生を生き抜き早逝してしまいました。

運命的にはそうした家系で突き進んでいく予定だったのかもしれませんが、祖父母や父親が持っていたような強さ?がなかった私は早い段階で戦線離脱をして今に至ります。

戦線離脱した直後は茫然とし何もやる気が起きませんでしたが、徐々に徐々に色々なことに興味を覚えるようになってきています。

とはいえ、やはり身体がすぐに壊れるような生き方はおかしいのです。そんな生き方を改める必要性を痛感しながら、自分なりの生き方を模索中の毎日です。

経済が発展しても更に異常な高みを目指す社会は、結果として人々が苦しくなるだけであり、身体を酷使することにしか繋がりません。

身体を酷使すれば精神的に余裕がなくなるのは当然であり、それが生きづらい社会風土を生んでいるのだと思います。

今後、日本が真にゆとりのある風土を構築できるかは、多くの一般人が生き方を変えられるかにかかっていると思っています。

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