ぺんぎんメモ

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生きるペースは人それぞれ

time 2017/04/30

私の父は若い頃から生き急いでいたせいで、ある難病にかかり早逝しました。

父は仕事をしながら家事をし、頻繁に家族旅行にも連れて行ってくれ、なおかつ子どもの学校の役員なども積極的に引き受け、社会運動家としても脚本家としても、その他諸々の活動をしながら信じられないほどバイタリティ豊富に生きていた、と母から聞きました。

私がまだ幼い頃だったので、父が何をやっていたのかは明確には知りませんでした。ただ、普段から家事や旅行をしている時以外はほとんど姿を見たことがなかったので、猛烈に忙しいことは何となく感じていました。

そんな父が亡くなってから遺品を整理していた際、大量の本とともに多くの活動資料が出てきて、ようやくいかにやりたいことが豊富にあり、それをやるために生き急いでいたかを知ったのです。

ゆえに、亡くなる前に「やりたいことがまだまだたくさんある」、「やりたいことの1/10もやっていない」と言っていたのがその時ようやく分かった気がしました。少しだけですが。

そのため、父が亡くなって10年ほどは、生き急いでいなければ難病にもならず早逝しなかったのではないか?と思っていました。でも、自分が歳を重ねるにつれて、多少なりとも様々な人の生き方を知るようになって、それは違うような気がしてきたのです。

なぜなら、「生きるペースは人それぞれ」だと思うようになったから。

生き急いでいることが体を急速に蝕むことであっても、その生きるペースを無理に変えてしまえば精神が破壊されてしまったり不調になったりして、生きるペースを変えなかった場合よりも早く生涯を終える可能性があると考えるようになったからでした。

そして、そう強く考えるようになったのは、自分が数年前まで父のように生き急いでいたからでした。もともとの自分はおっとりとしていてマイペースで、おままごとの好きな女の子でした(笑)

ただ、そんな性格が許される生活環境では無かったので、徐々に凶暴で?少々偽善的で?余裕のない?生き急ぐような性格になっていったようです。

でも、心底楽しいと思っていない生き方は長くは続かないようで、体を壊した結果元のおっとりとした性格に戻りつつあります。そして思ったのです、生きるペースは人それぞれだと。

雑誌や教育書や新聞やテレビで、やれ「〇〇がいい」、やれ「〇〇は素晴らしい」と必要以上にある人を称賛する風潮がありますが、所詮人は人です。自分じゃない。

他人を気にする自信のないうちは、他人の生き方に多少目移りするかもしれません。

でも、自分が楽しく生活できるペースが1番です!今は、それが自分も周囲の人も快適に幸せに過ごせる、1番可能性が高い生き方だと思っています。

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