ぺんぎんメモ

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「過度の断捨離」は疲労の証

time 2017/04/09

18歳で実家を出たとき、それまでの色々複雑な状況が耐えきれなかった経緯があります。

とはいえ、その後も時々帰省しては実家の片付けや自分のものを極端に捨てたりして、何とか心に折り合いを付けようとしていました。

ただ今考えると、そんな過度な断捨離をしてしまっていた当時は心が疲れ切っていたと思います。

自分を偽り無理して生きていた時代の自分を思い出したくないがために、生まれてから高校時代までのトロフィーや賞状の部類、アルバム写真、プリクラ帳、手紙、学校関連物、服飾、雑貨などを全処分しました。

段ボール大で20箱分以上にはなっていたと思います。大量処分する際に見たアルバム写真に写った私の顔は、どれも暗い顔ばかりで笑った顔が1つもありませんでした。

無邪気な笑顔がなく、どこか物憂げな悲しそうな顔ばかり(苦笑) 捨ててから10年以上経つのに、いまだにそんな写真を少々覚えている悲しさ…。

とはいえ、そこまで処分に熱を入れていたのはその時までで、それ以降は私物捨てることはあっても余程のマイナスに感じるものでなければ残すようにしています。

風水的に言うと紙類は溜めない方が良いそうなので、そんな過去の断捨離も一応良かったのかもしれませんが、捨てすぎてしまうのは心が疲れ切っている証だなぁと今考えると思います。

ゆえに、もし何でもかんでも捨てたくなったら、一旦気持ちを落ち着ける必要があると思っています。頭を冷やすというか対象物と距離を置くというか。そして少々時間が経った後に、再び「これは本当に捨てたい物なのかどうか」を考えて、本当に捨てたければ全て処分すれば良いかと思います。

捨てられないのも困りますが、捨てすぎるのも困りもの…。後悔なく片付けを行うためにも、日常的に元気な心でいること大切さを痛感した過去の断捨離でした。

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