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沼津から吉原までの18kmを歩いた【東海道を歩く】

time 2017/04/18

先週、天気が良い日をねらって2泊3日で沼津~興津(1日目は沼津~吉原、2日目は吉原~興津)を歩いてきました。今回は1日目に歩いた沼津~吉原の様子をお伝えしたいと思います。

2泊3日とはいえ2日間で体力を使い果たしてしまい、最終日はほぼ帰るだけとなってしまいました。トホホ…

ただ、今年は桜の満開時期が観測史上最も遅かったらしく、満開の桜を横目に歩くことができたのでその点では最高でした!

快速アクティーで熱海駅へ行き、熱海駅から東海道線で沼津駅まで行きました。前回もそうでしたが、熱海以西ではPASMOやSuicaが使えないので、改札口で駅員さんにICカードの処理をしてもらいました。

駅売店には、静岡グルメ?「のっぽパン」が売っていました。美味しそうでしたが、今は極力荷物を持ちたくないので、残念ながらガン見だけ。それでは、いざ出発!

静岡駅前から東海道に出るために仲見世通りを通っていきます。「三島から沼津の6.5kmを歩いた【東海道を歩く】」の時にも通った道ですが、アーケード内は商いが活発で賑わっています。

仲見世通りを通り過ぎて海岸沿いへ向かう道は、結構寂しいシャッター通りが続いていました。沼津駅前もですが。

そうこうしながら歩いていると、「中村脇本陣跡」が。沼津宿は他の主要宿場と同様に1601年に整備されたと言われていて、本陣が3軒、脇本陣が1軒、旅籠が55軒、茶屋が13軒あったそうです。

その後すぐに「清水本陣跡」もありました。他にも本陣跡があるようですが、通り過ぎてしまったようです。

千本浜公園へ行きたいので、県道160号線を歩いて行きます。

少し歩くと、右側には立派な神社。ここには古くから浅間神社が鎮座していたそうですが、明治になってから丸子神社が一緒になったそうで、浅間神社とも丸子神社とも言われているようです。

浅間神社は801年に、坂上田村麻呂によって創建されたとの言い伝えがあり、江戸時代の参勤交代時には多くの大名がこの浅間神社を参拝したとの記録も残っているそうです。非常に由緒ある神社です。

徐々に千本浜公園へ近づいてきます。

そんな千本浜道を歩いていると、右側に立派な建物を発見。調べてみると乗運寺というお寺だそうで、増誉上人(長円)という人の開基となっています。

伝えられるところによると、合戦によって荒れ果てたこの地域に、旅の僧である増誉上人がやって来て、土地の人々が潮風の害に苦しんでいる姿を見て、お経を唱えながら松苗を植え続けたというのです。その数たるや、千本街道に15km以上続く松林全て!凄すぎる…

そんな増誉上人の行いとその徳をたたえて、人々が1537年に草庵を建ててそこに住んでもらうようにしたのが、乗運寺の始まりだそうです。

いよいよ千本浜公園へ入っていきます。ちなみに、園内道路沿いに「千本プラザ」という施設があるので、そこで飲み物を買って休んだりトイレを借りたりできます。

桜や松林を抜けると、もうそこは海岸。天気が良い上に日差しが強くて暑い!

写真ではよく伝わりませんが、想像以上に海がキレイでびっくりしました!

本来なら真正面の雲がある辺りに富士山が見えるのですが、今日は残念ながら拝むことができませんでした。でも海岸沿いは気持ちいい!

右側もこの通り松林なので、しばらくは東海道ではなく海岸沿いを歩くことに。景色がイマイチで歩道が狭くて歩きにくい東海道よりも、こっちの方が断然ラクです。

とはいえ、その後海岸沿いの道から、元の東海道に戻り千本街道と言われる道を歩きました。

松林の間に所々桜が咲いていて美しい景色でしたが、東海道は工場地帯が続くので、歩くならやっぱり海岸沿いがいいです。

千本松の間にも道があったのですが、暗くて少し不気味でした。

松林の中には、要石神社(かなめいしじんじゃ)という神社も。要石とは、地震災害除けの守り神のことで、全国各地にあるみたいです。昔は地下にいる大ナマズが暴れて地震を起こすという俗信があったため、この石をナマズの頭にのせて災害から守るということで祭られているようです。ちなみに要石神社に、耳の悪い人が穴あきの石を奉納・祈願すると必ず治ると言われているらしいです。

その後歩いていると、「間の宿柏原」という標識がありました。すでに沼津市から富士市に入っていたようですし、原宿も通り過ぎてしまったようです。話ながら歩いていたため気付きませんでした。

間の宿(あいのしゅく)とは、宿場間の距離が長い場合や峠越えなどの難路の場合に、宿場と宿場の間にできた町場だそうです。公的には宿場と認められていないため、旅行者の宿泊は禁止されていたらしいですが。

前後に峠はないので、原宿と吉原宿の間が長いということなんでしょう。ちなみに、間の宿よりも小規模なものを立場といい、間の宿の中には立場が発展したものもあるようです。

少し行くと、「正法山立園寺」というお寺がありました。この一帯は東海道の宿場である原宿と吉原宿の中間に位置しており、この辺りに間の宿柏原が設置されていたと考えられているそうです。

この場所は特に眺めがよく、参勤交代の行列が休憩しながら富士山の眺望を楽しんでいたと言われています。残念ながら、今日は富士山は見えませんでしたが。

 

県道380号線を黙々と西に向かいます。

「増田平四郎の像」なる立派な像を発見。ちなみに、静岡県の東海道沿いはこうした標識で統一されているのか、どれも分かりやすくて助かります。

昭和放水路の上流にある富士市東部の浮島沼一帯は、標高差がないために排水が悪く、水が溜まってしまうという被害が度々起きていました。この状態を改善するため、原(現沼津市)の増田平四郎が、浮島沼の大規模な干拓を計画し、現在の昭和放水路と同じ場所に水干(すいほし)といわれる放水路(全長505m、幅7m)を完成させました。

しかし、せっかく完成させた放水路は高波によって破壊されてしまい、その後放水路の建設を何度も役所に嘆願したそうですが聞き入れてもらえませんでした。しかし住民はその功績を称えて、ここに像を立てたのだそうです。平四郎没後50年以上が経った後、同じ場所に造られたのが昭和放水路とのことです。

ここから170号線になります。国道1号線を歩けていた時は道が広くて楽でしたが、入り組んだ道を歩くのは大変です…。自由に歩くと言っているので、別にどの道でもいいのですが(笑)

ちょうどまた標識が表れました。特に説明文はないですが、前後を知らせる役目を果たしてくれているようです。

(元)吉原宿跡。

その後ずっと歩いていたのですが、コンビニも市民センターもないのでトイレ休憩ができず、仕方ないので東海道から国道に出ることに。小林医院手前で線路を渡り国道へ向かいました。

国道へ向かう道は工場地帯で、川の水がこれでもかというほど汚れていましたが、桜はキレイでした。多分これまで歩いた東海道の川の中で1番黒かったです…。

トイレ休憩を済ませて国道沿いを歩いていたら、美しい満開の桜が川沿いに咲いていました。疲れも吹き飛ぶほどの(そこまでではない)美しい景色にしばし癒されます。

東海道とは違い、国道沿いは飲食店も豊富でにぎやかです。ここで、本日泊まる宿へ向かいます。

ジャトコという会社が有名のようで、岳南電車岳南線ジャトコ前という駅の近くにあるホテルに泊まりました。

それがここ、「ホテル比佐志別館」。周囲に飲食店がないので夕食は歩いて10分ほどの飲食街に食べに行きましたが、ホテルの隣にコンビニがあるので1人だったらそこで構わないかもしれません。今日は10時半に出発して昼食や休憩を挟みながら、ホテルに16時ごろに到着しました。湯船でよく足をマッサージして明日に備えます。

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ぺんぎん

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夫と2人暮らしの30代。日常、旅、価値観の記録。移住、早期リタイア を目標に生活中。

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