ぺんぎんメモ

sponsored link

父が病気になったとき宗教勧誘が相次いだ話

time 2017/08/19

私が中学生の頃、父がある難病にかかってしまったのですが、そのときに相当腹が立ったことがあります。

宗教で救われるかは人それぞれで書いた内容とも被るのですが、それは「お金を払って信じれば救われる」と騙す人々が現れたことです。

父が病気になり現代には完治する見込みがないと医者から言われて途方に暮れていたとき、さまざまな方面から「これをやれば救われる」と表して、おかしな団体からの勧誘が相次ぎました。

それまで健康でまだやりたいことも山ほどあった父が、30代前半にしていきなり人生が終わる絶望感を味わうわけですから、ワラをも掴みたい気持ちだったのだと思います。父は病気から脱出する希望を求めて、片っ端から勧誘された団体を試していきました。

それらどの団体も、会員からお金を徴収し「特殊な体操をすれば病気が治る」という触れ込みの怪しい団体でした。おかしいと感じた母が注意しても聞き入れず、父はいろいろな団体を試していきました。

そりゃいきなり、今後歩けなくなります、喋れなくなります、自分で手が動かせなくなります、寿命があと少しです、って言われて誰が正気でいられるか。その時の父の気持ちを想像すると、いくらイカサマだろうが確かに試したくなる気持ちも分かります。

が、当時中学生の私はド田舎の自宅に、壺を抱えた女性達やら、手をかざしてくる女性達、ある人は投資話まで、それまでになかった多くの勧誘の波が一気に押し寄せてきた状態に、どんどん怒りがこみあげてきました。人の不幸に付け込み、「信者になってお金をおさめれば救われる」などと軽率に話す布教者たちに対して。

多くの勧誘者たちは、2人以上で訪ねてくることが多かったのですが、だいたい1人は本当にその宗教を信じている人、もう1人はその信者たちを使ってこちらを騙そうとしている人でした。

命が消えそうな人間に対してあり得ない論理で迫り、お金をもぎ取ろうとするその腐った精神には今でも想像するだけで腹が立ちます。

ただ、当時中学生の私は、今よりも更に無知だったうえ対応力に欠けていたので、そんな人達に何もお見舞いすることができませんでした。無い知恵を振り絞って、玄関入口手前の壁に「宗教団体お断り」とマジックで書いた大きな紙を貼っておいたくらいです。

今考えてもお粗末な行動ですが、中学生の私なりの必死の抗議だったのでしょうね。でも、それからウソのようにパタリと勧誘は来なくなりましたから、腐った精神野郎たちは相手が自分達よりヤバい奴らかも!?と察知したのかもしれませんww

そんな腹立つ話ですが、前にも書いたように場合によってはそれらの勧誘によって救われる人もいるかもしれませんから、善悪は付けようがありません。

でも、命を軽く扱うその行為は許せません。軽々しく「お金をおさめて信じれば救われる」なんて言って欲しくない。宗教よりも、人の命のほうが比較にならない程大切ってことです。

down

コメントする




CAPTCHA


プロフィール

ぺんぎん

ぺんぎん

夫と2人暮らしの30代。日常、旅、価値観の記録。移住、早期リタイア を目標に生活中。

にほんブログ村 ライフスタイルブログ セミリタイア生活へ

[詳細]

アーカイブ

免責事項

当サイトの文章・画像・デザインの無断転載は固くお断りいたします。いかなる損害が発生しても当サイトは賠償責任を負いません。



sponsored link