ぺんぎんメモ

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「疑問を持たせない風土」が危険な社会を生む

time 2017/11/04

小中高と日本の公立学校で教育を受けてきた私ですが、長らくその環境に「疑問をもたせない空気」を感じていました。

そしてそんな空気が充満する環境では、自分で考えさせず・論理的に理解させず、一方的な押し付けで納得させる教育がありました。

そんな環境では、「はい」か「いいえ」の従順対応、もしくは反抗者としてのレッテルを貼られて目を付けられるか、のどちらかで集団が統制されていることが多くありました…

特に、田舎の学校では、疑問を持って教師や学校に意見することは「口ごたえ」とみなされる傾向にあり、倫理的・道徳的におかしなことでも学校・教師の権力で潰されてしまうことが多いです。

まぁ確かにそうしないと、学校の統制が乱れて崩壊してしまう可能性もあり、教師自身も被害者なので仕方ない面もあると思います。

ただ、そんな「疑問をもたせない」、「立場が上の人から言われたことには従う」的な環境で長期間培養されていると、例え社会がおかしな方向へ進んだとしても、疑問をもたずに従ってしまうでしょう。

そして、日本文化である「和」は維持できても、その「和」を乱す行動・行為は何でも制裁対象(村八分)になるため、社会全体に現制度に疑いを持たない・持たせない意識が加速していくと思います。

戦時中のような、社会に余裕がなくなれば無くなるほど強まる空気だと思います。

「どうして〇〇はこうなっているのだろう?」と疑問をもつことは、文化的・経済的・その他様々な面で、社会が発展・成長する土台になると思います。むしろ疑問を持たなければ、発展・成長もないと思っています…

が、従順な・疑いを持たない庶民のほうが都合が良い組織が多いようで、いまだに疑問をもつ価値観はタブー視されたまま…

疑問をもつことは能動的行為なので疲れますが、社会の危険を未然に防ぐためにも、生きていくうえで不可欠なものだと思っています。

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