ぺんぎんメモ

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行動を制約されない公園という場所

time 2017/10/10

私が10代の大半を過ごした地域は人口が少なかったので公園はありませんでしたが、都内や神奈川に住んでからは公園をよく見かけます。国立公園的な大きなものから地域密着の小さな公園までさまざまですが、どこも結構人がいて和やかです。

そして、食事をしたり、お喋りしたり、ランニングをしたり、ウォーキングしたり、キャッチボールしたり、犬の散歩をしたり、バトミントンをしたり、ただボーっとしたり等々、思い思いに過ごしている人の姿が見えます。

公園は、「〇〇をする場所」という限定性がなく、自由な感じが最高に好きです。もちろん公序良俗に反しない範囲ですが。

過去公園に接点があったわけではないのに、いやもしかすると公園に接点がなさ過ぎたせいか、旅行するとその土地の公園へ行きたくなるクセ?があります。

ゆえに、現地地図で「〇〇公園」、「〇〇park」という文字を見つけると、取りつかれたかのようにそこへ向かっている自分がいます(笑)

自分が理想とする公園像を求めているのか、身近な公園と同じように過ごす人々の姿を見て安心したいのか、理由は不明ですがだいたい公園を訪れています。

ただ私的な公園ではない限り、公園は各国政府にとっては飴に税金を投入しているのと同じことですから、無ければ無いで済む場所でもあります。それでも、今後も税金を投入して維持し続けて欲しいものの1つです。

なぜなら、公園は制約の多い現日本社会における自由の象徴的な場所だから。逆に言えば、公園に税金を投入できなくなるほど社会に余裕がなくなったら、危険だとも思います。

きっと今後も国内外問わず様々な土地の公園に足を運ぶ予定ですが、どこの公園でも自由に過ごす人々の姿があって欲しいと思います。

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