ぺんぎんメモ

『「普通がいい」という病』濃い内容に疲労感

time 2018/11/17

精神科医である著者が書いた『「普通がいい」という病』。

この本は、多くの日本人が経験するであろう日常的物事を例に、日本の精神風土の神経症性を説明したものです。

内容全てに納得いく訳ではありませんが、神経症性の核心をついている(と思われる)鋭い指摘が次から次へと出てくるため、気になる箇所は何度も読み返すことに。

以下、気になる箇所を抜粋。

「苦労が身になる」人と「苦労が勲章になる」人

「苦労が身になる」という言葉がありますが、「経験」をした人は苦労が身になりますが、一方「体験」止まりの人は、苦労は身にならず「勲章」になります。苦労が「経験」になっている人は、よほどこちらが質問しない限りは、自分からは苦労話をしないものですが、「体験」の人の場合は、こっちが聞いてもいないのにうんざりするぐらい苦労話をしてくれます。

「苦労が身になる」というのは、まさに身になってしまったわけですから、もはやその苦労は本人の一部になっている。そういう人からよく聞くのは「あの苦労があったからこそ、今の自分があるのだ」という言葉です。苦労が勲章のように外側にぶら下がっている人は、「苦労は買ってでもしろ」と言ったりしますが、その苦労で等の本人は実質的には変化・成長していなかったりします。

「身になる」というのは、「質」的に深い変化がその人に起こることです。ですから、その出来事がたとえ小さなものだったとしても、「経験」として深まることで、いろんなことにつながる普遍性が獲得されます。ですから、自分がそうなったことのない他人の状態についても、その人の思いや、その人にとって今は何が必要かというようなことが、自分の「経験」から適切につかめるようになるのです。~中略~

「体験」には、「経験」のように普遍性がないので、他のことには応用が効かないのです。

(p198.5項~p199)

地下水脈

「経験」が個人の中で深められていくと、その出来事の特異性や個人的な要素は次第に薄らいでいって、最終的に普遍性を獲得するものになります。

~中略~

この地下水脈まで到達した人はみな、時代も専門も超えて、何か共通するものを感じ取っています。

~中略~

本当によく分かっている人は、その物事をよく咀嚼しているから、分かりやすい言葉を使っても、自在に話したり書いたり出来る。しかも、エッセンスを捉えているので、型から自由ですから、いろんな喩えを駆使したり、別ジャンルのことと関連付けたりすることが可能なのです。

(p199.12項~p203)

ユニコーンの角

必ずどんな人にも、その人なりの敏感なアンテナというものがどこかにありますが、その敏感さゆえに、もろくなってしまったり、弱くなってしまったりしていることがよくあります。本人自身がそのアンテナを「みんなと違う感覚だから良くないものだ」と思ってしまうと、それをひた隠しにして、使わないようにしてしまいます。使わないから、磨きがかからない。しかし、そのアンテナが無くなることはありませんから、結果として、中途半端に敏感で細い状態になり、その人自身が弱くなっていってしまいます。(p209.6項)

所々、以前別の本で読んだような?内容も含まれていて、思いのほかズシンときました。こういう本は疲労困憊している時に読んでいても頭に入ってこないので、今読めて良かったです。

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