東海道丸子宿の丁子屋(とろろ汁)へは行けなかったけれど【東海道を歩く】

先日歩いた静岡~藤枝の22kmを歩いた【東海道を歩く】では、海岸線沿いを歩いたために行かなかったのですが、東海道丸子宿にはとろろ汁で有名な「丁子屋」というお店があるのです。

夫のせいで行けなくて残念に思っていたら、ちょうど静岡駅前松坂屋で丁子屋に関する催しをやっていたので少々知ることができました。

歴史としては、1189年源頼朝より、駿府の武士がこの地を与えられて設置された宿場町が「丸子宿」で、

その後1596年に丁子屋平台という人が宿場の茶屋として「丁子屋」を創業し、自然薯が採れる時期に旅人にとろろ汁をふるまったのが、丁子屋とろろ汁の始まりとのこと。

関ヶ原の戦いの翌年1601年に徳川家康が東海道伝馬制を制定すると、丸子宿は宿場町として急速に栄え、

飛脚や参勤交代、旅人の往来が盛んになり、難所である宇津谷峠を控えとろろ汁で精を付ける旅人たちで茶屋は賑わったといいます。

そんな丸子宿のとろろ汁を、著名な文化人たちも味わっていて各作品に登場しています。

例えば、松尾芭蕉は1691年に「梅わかな 丸子の宿の とろろ汁」という句を弟子の乙州に贈り、それがきっかけでとろろ汁が宿場名物として食べられるようになりました。

また、駿河に生まれた十辺舎一九は『東海道中膝栗毛』の丸子のシーンでとろろ汁を描いていますし、

葛飾北斎はとろろ汁に足を滑らせる弥次喜多の姿を、

歌川(安藤)広重は梅の花が咲いた丁子屋軒先で弥次喜多らしき旅人2人がとろろを味わう姿を、浮世絵に描いています。

丁子屋のとろろ汁で使われる自然薯は、生態系農法という土本来の力を活かした有機農法で育てられており、

気候と風土が自然薯生育に適している丸子地区では、古くから人々の栄養源として受け継がれてきたのだそう。

これに添加物を一切使わない昔ながらの手法で作られている自家製味噌と、焼津産の鰹節、卵を合わせて作られているのが丁子屋のとろろ汁。

メニューはこんな感じで、なかなか良いお値段です。

2018年4月~値段やメニューに少々変更があったようですが、いつかは食べに行って当時の旅人に思いを馳せたいです。