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品川から川崎の13kmを歩いた【東海道を歩く】

time 2016/12/12

先日の「日本橋から品川の7.1kmを歩いた 東海道を歩く」に引き続き、品川~川崎を歩いてきました。品川駅前から出発しましたが、快晴で歩きやすい陽気でした。

イチョウ並木の脇を、通勤途中の人に交じって歩きました。

少し歩くと、旧東海道と記された場所を発見。でも、そちらの道へは行きません。

紅葉しているイチョウを横目に、気持ちよく歩いていきます。

こちらは、品川神社です。旧東海道には由緒ある社寺が多く、古くから七福神が祀られているそうで、品川神社では、大黒天を祀っているそうです。途中、大森海岸駅を過ぎた辺りに、鈴ヶ森刑場がありました。江戸時代に、江戸の北の入口(日光街道)に設置されていた小塚原刑場、西の入口(甲州街道)沿いに設置されていた大和田刑場(または中仙道入口の板橋刑場とする説もある)とともに、江戸三大処刑場よばれていた場所です。

江戸の治安維持のために見せしめの意味を持っていたといわれますが、死刑制度云々といわれる現代とは異なり、人の尊厳というものを重視していなかった時代に思えます。

会社やマンションが多く立ち並ぶ地域を歩き続けて、大田区に入ると広い歩道になりました。舗装されている平面の道は、とても歩きやすいです。

長い橋を通って、多摩川を渡っていきます。

橋の途中で、神奈川県に入りました。川崎駅に向かってさらに歩き進めます。

橋を渡り切った場所に、明治天皇聖躅(せいちょく)碑がありました。全国の至る所にある石碑ですが異様に立派なのが逆に、明治政府が江戸時代を執拗に隠蔽する様と映ります。こうした物を目にすると、明治維新以降の歴を信じるのが困難になります。

「長十郎梨のふるさと」という看板を発見しました。現在の梨は、幸水・新水・豊水などの水気が多く甘い品種が主流ですが、明治~大正にかけては黒星病(果実や葉に症状が出る菌の病気)に強い品種として、長十郎が全国の梨の6割を占めていたそうです。

川崎駅に近づくにつれて、狭い道および商店街へと周囲の景色が変わっていきます。

商店街の一角には、川崎宿と題した立派な建物がありました。東海道にかける気持ちの入れようが、他の市とは違います。東海道かわさき宿交流館の詳細はこちら。
次回は、川崎から横浜を歩きます。

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