ぺんぎんメモ

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自分が無理せずいられるところが1番いい

time 2016/12/24

思えば、10代の頃から日々の生活に追われながら過ごしてきました。中学生で睡眠時間が1日3時間半という生活を続けていたことなどは、いま考えても異常だったなあと思います。

その後20代でも、自分が社会で認められる存在なのか不安で仕方なく、自分の力を出し切ることに必死になって生きていました

 

結果を出しても不満

そうやって、実際の自分とはかなり差があることが分かっていながらも、理想に向かって背伸びをし、実際の自分を認められずに長い時間が過ぎていきました。

また当時は、啓発本を読み漁ったり、経済誌に目を通したり、とにかく成長して能力を上げて、社会で結果を出したいと強く思って生きていました。

けれど、仕事で結果を出し、仕事上の成長は実感できたものの、人間性における成長には結びついていないことも引っかかっていました。

また、仕事へ時間を割く分、家族や恋人や友人などの大切な人との時間を十分に持てない日々に、何か虚しさを感じていました。それを決定的に感じたのが、東日本大震災であり、原発事故でした。

 

猛烈に働いた結果

震災当時私は、新宿で仕事をしていましたが、多くの人々とともに何時間もかけて自宅に向かって歩きながら、こんな生活間違っているという思いがこみ上げてきました。
とはいえ、そうは思いつつも当時は「仕事が人生で1番大切で、頑張るのは当たり前」という考えにどっぷり浸かっていたため、相変わらず必死に働き続けていました。

そして、より高いレベルで、仕事の成果を求めるようになっていきました。

けれど、力の抜き方が分からなかったのでしょう。

そのうち、徐々に身体に不調が見られるようになっていきました。

 

本来の自分を認める

例えば、下痢、酷い歯痛、極度の冷え性、無気力症などです。薬を飲みながら、何とか働き続けていましたが、限界寸前で退職しました。

心身ともに疲れ切っていたのだと後々気付きましたが、退職した後は何もやる気が起きませんでした。

しかしその後、時間をかけて静養するうちに、無理して頑張らなくても、これなら続けられるということを少しずつ見つけて、続けていくことが大切だと思うようになりました。

また、思ったまま、感じたままに振るまってもいいんだと気付きました。無理をして背伸びし続ける自分ではなく、ありのままで立つ自分を認められるようになりました

 

大切な存在にも気付く

そう思えるようになったら、自然に仕事よりも、大切な人と過ごす時間を優先させる生活に変わっていきました。

とはいえ、そう思えて実行するまでには10年以上もかかりましたが。

それは、色々な土地を転々とした後、今の場所に偶然住むことになってようやく思えたことです。

今は、「自分が無理せずいられるところが1番いい」と思って日々生きています。それが、本来の自分を認め自尊心を高めることに繋がっている気がします。

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