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坂道の多い長崎観光「グラバー園・オランダ坂・出島」

time 2017/03/09

前回に引き続き長崎市内観光地を記事にしておきたいと思います。

まずはグラバー園から見ていきましょう。

グラバー園へはグラバースカイロードというエレベーターを使って行くのが便利です。観光客だけでなく急な道沿いに自宅のある住民の貴重な足となっているようでした。

スカイロードを登る最中に見る景色は、長崎市内を一望できるものです。ちなみにグラバー園は、 国指定重要文化財の旧グラバー住宅・旧リンガー住宅・旧オルト住宅を中心として長崎市内に点在していた明治期の洋館6つを移築復元したものだそうです。

こちらが旧グラバー住宅です。

スコットランドから来たトーマス・ブレーク・グラバーは貿易商でありグラバー商会設立者です。幕末の志士を陰で支え明治維新を推進し、日本の近代化に尽力した人物としても知られています。その人物が住んでいた住居は1863年に建てられたもので、現存する日本最古の木造洋風建築として世界遺産に認定されています。

庭園内の池には立派な鯉が気持ち良さそうに泳いでいました。花が咲く季節はとても美しいでしょう。

目の前の庭からは長崎港がよく見えます。きっとグラバーとその家族達もここからの景色を楽しんでいたのでしょう。

グラバー像です。21歳の時に来日し貿易商として力を発揮する傍ら、多くの志士達を援助したり日本の近代化に多大な力を発揮したりしています。グラバーには日本人妻ツルとの間に出来た子どもが2人おり、そのうちの1人である倉場富三郎も日本と外国を繋げるために尽力したとされています。

グラバー園を後にして下り坂を進んでいると右手に大浦天主堂がありました。1864年に建設されたこの教会は現存する日本最古の木造建築教会で国宝にも指定されています。

また大浦天主堂周辺には長崎名物カステラの有名企業が軒を連ねていました。

こちらは全国的に有名な会社ですよね。

坂を下りきって街を歩いていると西洋風の建物が目立ちます。長崎市内は地域によって街並みがガラリと変わりますね。

有名なオランダ坂に着きました。

長崎の人々は出島に住むオランダ人の影響から開国後も東洋人以外の外国人をオランダさんと呼んでいて、オランダさんが通る坂という意味で居留地の石畳の坂をオランダ坂と呼んでいたそうです。このオランダ坂結構な急坂なので上るのが大変でしたがオランダ坂途中には 1885年以降に建てられた外国人向けの住宅(東山手洋風住宅群)を見ることが出来ます。

そんなオランダ坂付近でG.F.フルベッキの写真を発見しました。フルベッキといえばオランダ出身のaアメリカ移民で日本に宣教師として派遣された人物です。また明治維新前後に明治天皇やその他幕末に活躍した多くの志士との交流があった外国人でもあるため、いまだに謎の多い人物でもあります。

その後出島へ行きました。1641年から開国までの218年間海外との貿易が許されていた場所です。これは出島の玄関である水門です。2つの通り口のうち、輸入用と輸出用に分けて使われていたそうです。

歴史資料を基に江戸時代の出島を忠実に再現されていると言われる出島和蘭商館跡は、建物内に見どころ満載で興味深かったです。

興味深い展示がいくつかあったのですが、特にこのオランダから来たと思われる植物に興味をひかれました。マリーゴールドやシロツメクサって江戸時代に入ってきたものだと知って少し驚きました。

スイセンやひまわりもです。オランダを通じて日本に入ってきたものが意外に多そうな気がします。

出島内には当時使用されていたと思われる道具が数々展示されていました。

出島の縮小模型もあり出島全体を把握するのに便利な展示でした。

現在でも長崎港は海外からの大型クルーズ船が停泊し海外との窓口になっています。

長崎出島ワーフと呼ばれる飲食店が並んだ場所があるので、ここで食事を摂るのもいいかもしれません。

最後に長崎歴史文化博物館へ行きました。ここは所蔵品数4万8千点を誇るためしっかり観ようとすると1日かかるかもしれませんが、観る価値のある展示品が多くあります。もっと時間をかけて観たかったのですが時間の都合で足早の見学となってしまいました。

游学者とは故郷を離れて勉強する人を指します。現代のように交通の便も良くなかった時代にも関わらず、多くの人が遊学していたのです。

県別の游学者数番付なるものがあり、圧倒的に西日本に偏っていることが分かります。

石見銀山の資料館でも見た『解体新書』がここにもありました。解体新書って当時印刷技術の乏しい時代にも関わらず、多く書き写されていたのですね。

上野彦馬という日本発の写真技術者が1862年に上野撮影局を開業し、そこで多くの人物を撮っています。

1870年の農民の集合写真です。服装は違えど現代の日本人とあまり変わらない姿に思えます、少し痩せているかな。この時代はカメラを見て撮るという形が定着していなかったのか、ほとんどの人がカメラ目線でなく横向き撮影となっているのも興味深いです。

ここで再びフルベッキが登場します。済美館の生徒集合写真の中心に写っているのがフルベッキです。長崎英語伝習所で英語教師として幕府に雇われて以降、多くの明治政府関連人物と接触しています。

長崎には多くの観光地がありますが実際行ってみると多くの発見があり、まだまだ知らないことが山ほどあると感じさせられました。次回行く機会があればじっくり時間をかけて各観光地を廻ってみたいものです。

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ぺんぎん

神奈川県在住、夫と2人暮らしの30代。何気ない日常・旅の光景や価値観の記録。香川県への移住&早期リタイアを目指して地道に活動中。

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