ぺんぎんメモ

「地下水脈に到達」=「普遍性を獲得」した人は人生を楽しめるのかも

time 2019/02/14

しつこいくらい何度もご紹介している『「普通がいい」という病』。精神科医である著者が書いた本ですが、濃すぎる内容と理解力の乏しさのために…これまでに何度も読み返しています。

そこに普遍性に関する分かりやすい説明が、「地下水脈」という項目で紹介されていたので抜粋します。

普遍性とは「狭い(特殊な)範囲にとどまらず、広く一般の理解や共感が得られたり、問題とするすべてに適合したりする性質・要素」(『新明解国語辞典』)のことですが、今回この本でその普遍性を獲得することがいかに大切かを思い知らされました。

どんなに型や理論をたくさん学んでも、その型の奥に潜むエッセンスを汲み取れるかどうかによって、それが後々大きな違いを生み出します。~中略~

この地下水脈まで到達した人はみな、時代も専門も超えて、何か共通するものを感じ取っています。ですから、ある人は画家であったり、詩人であったり、哲学者であったりしますが、地下水脈から汲み取ってきている人は、みな同じことを言っています。~中略~

地下水脈から汲み上げてきたもの、この深さから来た言葉というものは、非常にシンプルで分かりやすいものになっているのが特徴です。平易な言葉を使っていながらも、密度が濃い。逆に、内容の浅いものほど、言葉は難解になります。それは、内輪の人にしか通じない。そういう言葉を並べ立てられると、読んだり聞いたりする方は「自分がバカなのかな」なんて感じさせられたりします。しかし、それはほとんどの場合、錯覚です。

本当によく分かっている人は、その物事をよく咀嚼しているから、分かりやすい言葉を使っても、自在に話したり書いたり出来る。しかも、エッセンスを捉えているので、型から自由ですから、いろんな喩えを駆使したり、別ジャンルのことと関連付けたりすることが可能なのです。(p199~203)

各界の一流同士が対談本を出したり、実は友人だったりすることがありますが、そうやって異業種でも話・気が合うのは、今回のように「地下水脈」に到達して普遍性を獲得している同士だからなんでしょうね。

でもそうした普遍性を獲得している方々同士の会話は、本人同士も楽しそうであるだけでなく聴いている側も実に面白いものです。

先月縁あってオペラを聴きに行く機会があったのですが、演者の方々は演じられている時も会話されている時も終始楽しそうで、偽りが全く感じられない自然で自由な心底楽しいパフォーマンスでした。

そういう分野に全く縁のないド素人の私でさえ、心地よい空間に酔いしれてしまうほどでした。ピアノを弾いている方も歌っている方も世界で活躍されている一流の方々でしたが、後から考えると、それは普遍性を獲得している者同士だからこそ出せるパフォーマンスだったのではないか?と思いました。

そういう方々は大抵人生を楽しんでいて、他人のことを気にしてアレコレ言うよりも、人生をいかに謳歌するかに力点を置いて時間を送っているように見えます。普遍性を獲得するレベルに到達するような人は、大半の人が気にすることにはこだわらないためかもしれません。むしろ他にもっと大切にしたい、こだわりたい部分があるのだろうと思います。

私も自分の好きな分野で、普遍性を獲得するレベルにまで達することができたら嬉しいですが、まずはそこまで極めたいと思える分野を探すのが先ですね…

       



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奨学金完済を目指しながら、旅、食、自然、心理、(セミ)リタイア、移住など追求して自由に暮らしています。

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