過去の感情を抑圧しすぎていると「今を生きられない」

人によっては、現在を生きているつもりでも、過去に囚われていまだに過去を生きていることがあります。

それは過去に得られなかったものを得るために、現在の時間を使っているからだろうと思います。

得られなかったものというと、お金などの目に見えるものを想像しがちですが、愛情などの目に見えない感情を満たそうとする人も多くいます。

目に見えるものであれば満足の度合いも分かりそうですが、感情は目に見えないがゆえに満足度は未知数

そんな風に過去に求めていた感情を解放できないままでいると、歳を重ねたときに、周囲の人間にその感情を執拗に求めてしまうようです。

感情の中でも愛情が不足している場合は、付随してさまざまな感情を抑圧していることが多く、それらの感情を癒すために生涯を費やすこともあり得そうです。

意識・無意識にかかわらず見てみぬふりをして感情を抑圧しても、生きるためにはどこかのタイミングで感情を解放し、自分の中で折り合いを付ける必要があると思います。

日本社会は、幼少期から感情抑圧(特に甘えの感情)を強いられる場面が多いために、結果として今を生きることが難しくなっている人が多い気がします。

おそらく子ども時代を村社会や偏差値教育でないがしろにされて、子どもらしく生きられなかったためではないかと思います。

過去のさまざまな感情を抑圧していると今を生きられないことは、『「普通がいい」という病』(泉谷閑示、2006)や『心の休ませ方』(加藤諦三、2015)でも指摘されています。

それゆえ、できるだけ感情を抑圧せず、これまで感情を抑圧してきた場合は自分でその感情を解放するなどして生きていきたいです。