【3泊4日長崎・佐賀・大分旅行】佐賀県立九州陶磁文化館で有田焼の歴史を感じる

有田焼とは佐賀県有田町とその周辺地域で製造される磁器を指すそうですが、江戸時代は出荷する港名から伊万里焼と呼ばれていて、明治以降に有田焼として広く知られるようになったそうです。

有田焼の始まりは1600年代頃、朝鮮から来た李参平氏が有田町の泉山で磁器の原料となる陶石を発見したのが始まりで、それが日本で初めて焼かれた磁器だったとのこと。それ以降今日までずっと、有田焼の食器や美術工芸品がここ有田の地で生み出されているんですね。

岐阜の美濃焼や愛知の瀬戸物におされながらも、有田焼は当時としては画期的な方法で海外での評価を得ていったようです。それは佐賀藩が薩摩藩同様、危機感を覚えながら海外技術を輸入していたこととも関係しているかも。ちなみに有田焼には様々な表現方法があり、上記写真のような色絵(いろえ)や染付(そめつけ)。

地肌の白さを活かした、白磁(はくじ)。

写真奥にある焼き物のように青緑色に発色させた、青磁(せいじ)。

写真左の焼き物のように瑠璃色に発色させた、瑠璃釉(るりゆう)。写真上真ん中の焼き物のように表面の凹凸によって模様を浮かび上がらせた、陽刻(ようこく)などがよく見られました。

こうした見栄えのする煌びやかな有田焼を数百年前から生み出し、時代変遷を経ながらも世界各地へと輸出していた事実は感慨深いです。ヨーロッパ諸国では特に喜ばれていたのかもしれませんね。

ところで、入口を入って正面右手奥に展示品と並んで大きな時計があります。

この時計は、30分毎に音楽とともに中の球が動くシステムになっていました。

せっかく来たので見ていくことに。

ここが陶磁文化館である、ということを強く意識して見ると感慨深いかもしれません…

さて最後に、地下に展示してあった「柴田夫妻コレクション」とよばれる柴田明彦氏・祐子氏から寄贈された江戸時代の有田磁器1万点の一部をご紹介。

これがもうとにかく素晴らしくて、これを見られただけでも来た甲斐があったという感じでした。

展示数が膨大なのでじっくり鑑賞していると疲れてくるかもしれませんが、素晴らしい焼き物がこれでもかというほど見られます。行って良かったと心底思いました。それではこれから有田駅まで戻り、今夜泊まる宿のある佐賀駅まで向かいます。