『落日燃ゆ』自ら計らわぬ、物来順応の生き方

中学生の頃、学校図書館で見た十数冊にも及ぶ日中戦争の巨大な写真集?がトラウマで、

これまで第一次~第二次大戦に関する本は、ほとんど読んできませんでした。

それが先月、城山三郎氏の本を読む機会があり、広田弘毅という外交官出身の首相が題材となった『落日燃ゆ』という本の存在を知ったため、恐る恐る読んでみました。

外交官というイメージから恵まれた家柄を想像していましたが、

広田氏はそうした家柄ではなく、しかしだからといって出世欲や野心もなく、

卓越した能力と継続した努力、そして持って生まれた芯の強さで、外務大臣や首相として、

最後まで日本のために尽くした印象をこの本からは受けました。

ただ、あまりに悲運な最期のため、2002年に暗殺された政治家・石井紘基氏の言葉を借りれば、

「自分は五十年早く生れ過ぎたような気がする」(p171)

という言葉どおり、当時は、平和主義者である広田氏を活かせる時代ではなかったと思うのです。

理想の外交官として尊敬していた山座円次郎、そして実母、親友、実子を立て続けに失う中で固まっていった、自ら計らわぬ生き方。

「長州のつくった憲法が日本を滅ぼすことになる」(p163)

という予感どおり、統帥権の独立を認めた明治憲法(大日本帝国憲法)が、中央政府の命令を無視して暴走し続ける軍部を生み出します。

その軍部は、戦争にならぬよう尽力する広田氏や外務省を繰り返し邪魔工作しては、重ねた外交努力を水の泡にし続けます。

外交の相手は軍部である(p252)

という苦しい現実を、嫌というほど味わうのです。

その中核となった軍人6人と共に、極東国際軍事裁判(東京裁判)で死刑判決を受けるのですが…

本来であれば戦争責任を問われて極刑を免れないある人を守るため、早い段階から自分が犠牲になる覚悟ができていたように、この本では描かれていました。

ただ、なんだかな~と思ったのは広田氏が首相就任の際、昭和天皇が広田氏に与えた注意内容。

「名門をくずすことのないように」(p169)

と、それまでの歴代新首相には与えたことのない注意内容を付け加えたのが、なんとも不快でした。

小説ゆえ多少の脚色はあるにせよ、名門出身者と平民を差別?区別?した言い方には唖然。

ただでさえ、当時の首相はいつ軍部に暗殺されてもおかしくない状況なのに、そこへ冷や水を浴びせる言葉をかけられるその無神経さに、失礼ながら失望してしまいました。

そこには明治以降の政府が、大半の日本国民=平民を虐げてきた歴史と重なる部分があります。

同時に衝撃を受けたのは、世界恐慌で不景気のどん底にあった日本国内の様子。

第一次大戦直前の日本は、失業者が街に溢れるだけでなく、

農村、とくに東北の農村地帯は、冷害による凶作も加わって、困窮を極めていた。娘を売るだけではない。事変で出征する兵士に、「死んで帰れ」と、肉親が声をかける。励ますのではない。戦死すれば、国から金が下りる。その金が欲しいというわけで、このため、戦死者の遺骨を親族間で奪い合う光景まで見られた。(p108)

という表現に、追い詰められた国民の恐ろしさを感じました、、、

今の国民が当時と似たような追い詰められた状況に置かれ、メディアに繰り返し煽られれば、

恐ろしい行動を起こしたり、戦争に賛成したりする可能性は否定できません。

日本政府は、国民を虐げる政策を強行し続けていますが、大半の国民は無関心…

当時と同様、反政府的意見が少数だと、大逆事件や獄死させられた人々と同様消された後、

関東軍のように暴走しつづける今の政府によって、憲法に緊急事態条項を創設された挙句、

誤った道を進みつづける危険性が高そうです。

若者の自死者や行方不明者も増え続けており、すでに誤った道を突き進んでいる日本社会ですが、、、

内に関心を向け続けるのではなく、できるだけ外へ向けて、行動し続ける人生でありたいです。

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