ぺんぎんメモ

いまだに軍隊教育・・・日本の学校の異常

time 2017/05/25

他国から見れば異様としか思えない、「朝礼」や「運動会」の数々。そんなことが当たり前のように数十年前と変わらず実施されているのが、日本の公立学校です。

ちなみに、私は保育所→小学校→中学校→高校すべて公立でしたが、すべて制服がありました。田舎なので、地元企業と癒着したすごいデザインの制服でした(笑) 公立なのに制服なんて信じられないかもしれませんが、保育所にもあったんですよね(今もあると思います)。

小学校も後ろが×になっているスカートの制服でした(分かる方いらっしゃいますか?)関東ではあり得ないと思いますが。

あと小・中学校では髪の長さも決まっていて、女の子は髪が肩についたら切るか結ぶかしないといけなかった(しかもポニーテールはダメ)。男の子は全員坊主!

靴の色も真っ白でないといけなくて、靴下も真っ白指定。ワンポイントもダメでした。制服は真っ黒、靴と靴下は真っ白って……公立校は全国どこもそうなんでしょうかねぇ?

しかも、私の時代でさえ脱脂粉乳があったんですよね、栄養があるとか言って(笑) 都会育ちの人に話しても信じてもらえませんが。

また、給食も完食強要が当たり前だったので、掃除の時間まで残って食べていました(実際には食べるフリをしながら捨てていたのですが)。そんな中、蕎麦アレルギーの子が無理やり蕎麦を食べさせられて亡くなるという痛ましい事件も起こっていました…

閉鎖的村社会にある田舎の公立学校では、子どもは特に弱い立場です。10分前行動・5分前完了なんていう慣習が小学1年生から、みっちり叩きこまれていました…

小学生時代で1番記憶に残っていることは、忘れ物があると走って自宅まで取りに帰らされたこと。都会とは違って田舎の小学校通学距離は、片道3kmあるのはザラ。往復6kmの道のりを、皆が授業を受けている間に取りに帰るんです。小学校3年生のとき1度、給食当番のマスクを取りに帰ったことがあるのですが、なんだか不思議な気持ちでした。運よく知り合いの車に乗せてもらえたので、ショートカットできましたが。

中学生時代で1番記憶に残っていることは、忘れ物をした女の子が男性教師からゲンコツで殴られたこと。すごい鈍い音がしてその子が泣いていたのを見て、「忘れ物で殴る教育って何の意味もないな」と悲しくなったのを覚えています。

その教師は痛みで覚えさせる教育が正しいと思っていたみたいですが、私は間違っていると思いました。たぶん、その教師自身が過酷な軍隊教育を受けてきたんだと思いますが。

小中高と共通していたのは、朝礼や全体集会時には決して列を乱さず、指一本も動かしてはいけない統制が求められていたこと。できなければ暴力。それは教育とは程遠いものでした…荒れた学校ではなかったのですがね。

小学校の運動会では、行進の練習を異常に多くやっていましたね。今でも覚えていますが、「列ごとに腕や足を上げる高さが足りない」「高さが揃ってないと連帯責任」とか言って永遠に歩かせるんです。北朝鮮の軍事演習並みに(笑)

ちなみに、高校時代で1番記憶に残っていることは、軍隊関係ではなく良い思い出(笑) 高校はマシでしたね、相変わらず靴は白いものを求められましたが。ただ、近くにあった軍隊公立高校は相変わらずでした。

色々考えると、そうした田舎の軍隊的な公立学校と都内の学校では、思想的に?50年以上の時間差があると思われます(時間が経っても差は埋まらないでしょう)。

ただ、数年前に日本人が幼少期から軍隊教育を施されていることを証明する出来事がありました。それが3.11のときの黙々帰宅行進!

知り合いなんて8時間(!)や11時間(!!)かけて、自宅まで歩いて帰っていましたから。そんな私も4時間歩いて帰ったなあ。そんな他国・警察・自衛隊もびっくりの行進ができたのは、軍隊教育がいまだに健在であることの証だと思います。おかしいと思いますけどね…

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奨学金完済を目指しながら、旅、食、自然、心理、(セミ)リタイア、海外移住など追求して自由に暮らしています。

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