ぺんぎんメモ

江戸時代の東海道は、のんびり気ままに歩いている人も多かった

time 2019/01/12

昨年藤枝までを歩いて、ようやくその先が見えてきた東海道歩き。そんな中、最近読んだ『逝きし世の面影』に面白い記述を見つけて、今後の東海道歩きも、より一層自由にマイペースに歩こうと思ったところです。

『逝きし世の面影』では、江戸時代に来日した欧米人から見た日本人と日本社会が描かれているのですが、その欧米人の大半が指摘しているのが、江戸時代は社会全般のリズムが悠長でゆったりと流れていたことです。しかもそれは重要な局面でも発揮されていたようで、

  • 「ヨーロッパ商人の最大の当惑は、時間どおりに契約を実行させるのが難しいことであった。いや、不可能だったといった方がよいかもしれない」(幕末に来日し、横浜で「ジャパン・ヘラルド」をはじめとする新聞事業を次々に手がけたイギリス商人、J・R・ブラック『ヤング・ジャパン・2』)
  • 「日本人の悠長さといったら呆れるくらいだ」(オランダ人、カッテンディーケ『長崎海軍伝習所の日々』)

と悲鳴をあげるほどでした。

そして、そうした悠長さは東海道を歩く旅人にも発揮されていました。もちろん、参勤交代に従事する人々は14日間前後で歩いていたようですが、それ以外の旅人は意外にものんびり気ままに歩いていました。

「平民たちは歩きやすいように、着物を端折り、大部分の者はかなり容易に旅していた。そして道ばたには数えきれないほどたくさんの茶店や休憩所で、たびたび立ち止まり、一杯のうすい茶を飲み、自分と同様に、一休みに立ち寄った者と、誰かれ構わずに陽気にしゃべって、元気を取り戻していた。彼にとっては、道のりなど考えになかったようだった。好きなように時間をかけ、自分なりの速さで、行けさえすれば(大体出来たのだが)、来る日も来る日も、一日中歩いた。時間の価値など全く念頭になかった。」(イギリス人商人、J・Rブラック『ヤング・ジャパン・2』)

という記述からも、当時の旅人が東海道歩きを1つの娯楽のように楽しむ様子がうかがえます。もちろん、旅費に困って行き倒れる人もいたようですが、現代人とは違った和気あいあいとした雰囲気の中で、東海道歩きをしていた人々がいたのも事実のようです。

当時は現代よりも娯楽が少なく、他地域の情報を得る手段も少なかったことから、普段自分が暮らしている地域とは違う、景色・人々・お店・物などを見るだけでワクワクしたのかもしれません。

現代は科学技術の発達ゆえに、便利な移動手段が確立されていますし、江戸時代のような悠長さは社会全般としてあまり尊ばれません。ゆえに、当時のようにのんびり気ままに自由に時間をかけて東海道を歩くという概念は、大半の現代人には受け入れ難いものでしょう。それなりの旅費もかかりますし…

それに当時の人々とは、筋力・体力・精神力などあらゆる面で違いますから、大半の現代人にとっての東海道歩きは、楽しむよりも苦行に近いものかもしれません(東海道を歩いていると言っても、羨ましがられることはないですし…)。

とはいえ『逝きし世の面影』で、江戸時代に東海道を歩いていた人々の様子を知ったので、今後の東海道歩きでは今まで以上に気ままに自由に歩いて、楽しみながら進みたいなぁと思っています。ただ、夫は相変わらず苦行と捉えているようですが…

       



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奨学金完済を目指しながら、旅、食、自然、心理、(セミ)リタイア、移住など追求して自由に暮らしています。

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