ぺんぎんメモ

ゴミを拾ってはいけない社会を見て思ったこと

time 2019/03/26

日本で「ゴミ拾い」というと、美徳や善行など概ねプラスの意味で捉えられますが、お隣中国で違います。十数年前に初めて中国に滞在した際にそれを知って、ちょっとしたカルチャーショックを受けました。

それはある大学の敷地内を歩いている時だったのですが、道を掃除している人がいる目の前で、学生達が平然とゴミをポイ捨てしていたのです。その時はマナーのない人は万国共通に存在するのだなぁ、くらいにしか思いませんでした。

が、後に中国の友人から聞いた話では、彼らは「ゴミのポイ捨ては道路掃除する人の仕事を生む」という論理に基づいてやっているそうで、悪いことをしている意識はないとのこと。逆に「ゴミ拾いはその人達の仕事を奪う」ことになり、マイナスに捉えられるとのこと…

ゴミのポイ捨てが雇用を生むというのは、性悪説的で日本では考えられませんが中国では妙に納得してしまいました。とはいえ、ゴミをポイ捨てする気にはなれませんが…

そういえば、インド滞在中にも同じようなカルチャーショックを受けたことがあります。ゴミのポイ捨てではありませんが、インドでは各仕事が異常に細分化されていて「これくらい自分でできるよ」ということでも、チップを稼ぐために無理やりやろうとするインド人を大勢見かけました。

どうやらインドでは「他人に任せず何でも自分でやってしまうと、他人の仕事を奪う」可能性があるようです。日本人の感覚からすると自分でやって当たり前のことでも、各仕事を異常に細分化して雇用の創出、収入手段の確保を図っている社会では、他人の仕事を奪う論理になるのかもしれません。

中国でもインドでも安価な労働力としての国民絶対数がまだ多いので、そんな論理が通用する部分があるのかもしれませんが、日本では人口だけでなく安価な労働力も急速に減っていますし、機械化される仕事も増えているので、どちらの社会の発想もちょっと考えにくいです。

でもそういう論理をもつ社会を知れたのは、当時の私にとってかなりプラスでした。日本にいると「日本の論理がそのまま世界に通用するものではない」という認識を持ちにくく、どうしても視野が狭くなりがちだからです。

これは、一般的に歳を重ねれば重ねるほど持ち難い認識ではないかと思います。特に私は頑固なので、仕事や生活でこの認識が必要とされる環境に慣れない限り、受け入れは無理だと思います…

でも海外へ出稼ぎに行く場合には、嫌でもその認識を持たなければならないでしょうから、それまでにあらゆる論理と価値観を頭に放り込み、柔軟な脳を養っておきたいと思います…

       



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奨学金完済を目指しながら、旅、食、自然、(セミ)リタイア、(海外)移住、晴耕雨読生活などを 追い求めて暮らしています。

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