論理より感情が優先される日本社会は息苦しい

日本はルールや客観的に正しいことよりも、そのときの場の感情が優先される社会。

そして民主主義と言いながら、多数決よりもその場の権力者の感情が優先される社会です。地域、会社、学校、メディア、政治家、地方自治体など、全部そう!

でも、長い間感情を優先する社会に慣れていると、感覚がマヒしてきてそれが普通になってくるから怖い。

そんな状況でたまに海外生活すると、長年の習慣によって始めはドライに感じるのですがが、慣れてくると滅茶苦茶ラクに感じます。

そうはいっても、海外生活も長くなれば別の差別を色々受けることになりそうですが…

それでも社会全体が、感情を優先させる環境よりはマシです。陰湿なイジメが多いのも、たぶんこの感情優先文化のせいだと予想。

感情を優先させるのは、時代が変わってもほとんど変わらないタテ社会でも書いたように、「協調性」を優先する社会だからではないかと思います。

日本文化として尊ばれる「和」も、最近では「協調性」とかいう空気読め的圧力が幅をきかせていて、学校、会社、社会の支配層に都合良く用いられているように思えます。感情ばかり優先されるからイカれたクレーマーも多いのではないかな?

どちらにせよ、論理的思考ができなくて困るのは日本人自身。別に、鎖国していて他国との交わりがないのなら問題ないけれど、国際社会とがっつり関わりがある中で、感情を優先したままでは困るのではないかしら???

え?島国では「協調性」がないと村八分にされる?村八分にされると逃げ場がない?逃げ場がないと生きられない?確かに…そうかも。

やっぱり日本社会で生き続けるには、感情優先文化に馴染まざるを得ないのかもしれません…