ノーベル賞崇拝に違和感を覚える

ダイナマイトを発明したアルフレッド・ノーベルの遺言によって、 1901年から始まったノーベル賞。

日本ではもちろんアジア各国でも崇められている世界的な賞で、 物理学、化学、生理学・医学、文学、平和、(経済学)で顕著な功績を残した人物に贈られており、

毎年受賞者が発表されています(分野によっては該当者なしの場合も)。

数年前までは、私も呑気に「日本人から受賞者が出てすごいなぁ」と捉えていました。

が、最近ノーベル財団設立の経緯およびノーベル賞選考委員の不明瞭性、歴代ノーベル賞受賞者(組織)を知り、すごいと思えなくなってきました、、、

特に、1925年にノーベル文学賞を受賞したジョージ・バーナード・ショーが述べたように、ノーベル財団がダイナマイトを発明して儲けたお金によって設立されている点が???です。

ノーベル自身は「ダイナマイトが殺傷手段として使われることになるとは予想できなかった」旨を述べていますが、説得力に欠けると思います。

また、毒ガスを開発したフリッツ・ハーバー( 1918年にノーベル化学賞)、

ロボトミーという精神外科手術を行ったエガス・モニス(1949年にノーベル生理学・医学賞)、

原子力発電を推進してきたIAEA(2005年にノーベル平和賞)、など受賞者の選定にも疑問を覚えます。

また、ノーベル賞に値するであろう多大な功績を残した人でも、それが莫大な利権をもつ既存システムを邪魔する可能性がある場合には、

消されたりして、ノーベル賞受賞どころではなくなっている場合もあるので、平等性に著しく欠けている点も???です。

ノーベル賞には上記に挙げたような不可解な点があるため、メディアのノーベル賞崇拝には違和感を覚えてしまうのです。

もしかすると、第二次世界大戦時のベアリング補給や終戦工作における義理を日本側が持っているのかもしれませんが…

言うまでもなくノーベル賞を受賞された方々は、私にはその凄さが想像できないほど凄い方々なので、その方々および功績を批判する気は毛頭ありません。

ただ、気になるのは日本でノーベル賞が崇められ過ぎている点で、スウェーデンに良い顔をするためにわざと追従を演じているのか、

他アジア諸国に対する圧力や国力誇示となり得るから利用しているのか、別の理由なのか分かりませんが、どうも異様な感じがしてしまいます。

大手メディア各社は日本人の受賞があると、オリンピックで金メダルを獲得した時のように大々的に報道するので、政府は愛国心を高める機会として利用しているだけなのかもしれません。

が、肝心の政府は研究費などをケチっているようなので、利用する時だけ利用している点が???です。

オリンピックにも違和感を覚えてしまうので、ただ単純に私の感覚がおかしいだけかもしれませんが、

数年前にノーベル賞辞退者に対してノーベル賞選考委員が「失礼だ」と発言したのを知り、やっぱりノーベル賞はおかしい…という思いが強くなりました。