ぺんぎんメモ

『維新と科学』で分かってきた明治維新前後の流れ

time 2019/10/01

先日『維新と科学』(武田楠雄,1972)を読んだのですが、その内容が以前読んだ『逝きし世の面影』の内容と重なっていて興味深かったのでご紹介したいと思います。

『逝きし世の面影』では薩摩藩による奄美大島の搾取によって明治維新の資金源がつくられる流れや、グラバーによる諸藩への武器の売りつけ、オランダの思惑、長崎造船所(現三菱造船所)のはじまり、その他歴史の流れに関する詳しい記載はありませんでした。

が、当時の日本で辣腕をふるった外国人の名前がたくさん出ていたので、今回読んだ『維新と科学』が個人的には読みづらい岩波新書でありながらも、わりとスムーズに頭に入ってきました。

ただ読了して気にかかった点が1つ。それは当時の日本(明治維新前後~それ以降)と、現代日本の状況が似ていること…

現在、日本は世界の流れからあらゆる点で取り残されつつあります。世界の流れとは真反対に進んでいる分野もいくつか…

当時は、列強諸国の植民地政策から日本を守るために(明治政府構成メンバーの立身出世のために)、日本を取り巻く環境に危機感を持った下級武士を中心とした人々が、頭と体を使い(海外へも出て)、徳川幕府を利用しながら知識を蓄え技術を身に付け、その後各々活躍していきました。

流れ的には、黒船来航後、列強諸国から科学技術や軍事力の差を見せつけられた日本(各藩と幕府)は、軍艦購入や航海術学習のための留学などをしながら列強諸国に追い付こうとしますが、当時の日本はほんの数年前まで鎖国していた国。知識どころか、それを受け入れる土台や体制、精神面での成熟など、西洋技術を受け入れるには全くもって不適な状況でした。

それに加え、当時は「そういうことは賤しい者・身分の低い者がやること」という社会的風潮で、集めた人材は教えを求める先もないまま、自学自習で知識を蓄えていくしかありませんでした。数学でさえ、当時国防上の必要に迫られてようやく学ばれ始めたものでした(それまでは、町人の芸として長らく蔑まれていたそうです)。

それでも植民地化政策から逃れるために、と同時にハングリー精神を持った人々の立身出世のために、一般庶民の犠牲を出しながらも(各藩の財政は厳しくなり、人々の暮らしも貧しくなっていった)、軍事力増強に精を出す人々が現れます。

そのように当時は科学技術(軍事力)が圧倒的に不足していましたが、現在は科学技術(IT分野)のほか、人権意識、司法の独立性なし(政府のあり方に問題あり)、農薬大量使用、労働環境等々、世界的に遅れをとっている点が多々あります。経済的に大打撃なのは科学技術(IT分野)でしょうが、当時と違って国全体に危機感がないので今後どうなるかは分かりません…

日本は、目に見えるハード面や細かい面(繊細な面)に関わる技術革新は優秀ですが、目に見えないソフト面(精神面での成長)や大きな視点で見る面(50年・100年単位で考える視点、未来を見据える視点など)は苦手なので、そういう部分で今後世界から取り残されていく可能性がある気がします。

そんな感じでこの本に関して書きたいことは尽きませんが、長くなりそうなのでこの辺りでこの本の中で特に印象に残った箇所を抜粋して終わりたいと思います。

日本の文明開化の特色は、血をみることのなかったなが年の平和の上に蓄えられたポテンシャル・エネルギーを基盤とし、前記の小廻りの利く点、いいかえれば熱容量の小さいことと、自生の固有の文化をもたず、文化的にたえず衛星的存在であり、異文化の摂取に反撥も屈辱も感じない民族が、外圧による植民地化におびえて、敏捷に牛を馬に乗りかえて欧化のみちをたどったところにあり、また植民地化を防ぎ得た代償として骨の髄まで欧化していったところにある。

(p207,208)

見たこともない巨大軍艦と圧倒的な破壊力をもつ武器を備えた列強諸国から、植民地にされるかもしれないという危機感により、必死に科学技術を学ぶ中で「ヨーロッパ的文明を正確に後追いすることだけが文明であり進歩である」と当時の人々が思ったのも仕方ないことかもしれません。

とはいえ以前も記載しましたが(江戸時代から変わらない日本人の性質4つ)、チェンバレンによれば知的訓練を従順に受け入れる習性や、外国を模範として真似する国民性の根深い傾向も日本人の本質だそうなので、島国といえど地政学的に安全とはいえない場所に位置する国に住む人々なりの生き抜くためのDNAが、日本人には備わっているということかもしれません。

ちなみに、この本の著者である武田楠雄氏は武田邦彦氏のお父様だそうです。

       



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奨学金完済を目指しながら、旅、食、自然、心理、(セミ)リタイア、(海外)移住、晴耕雨読生活などを 追い求めて暮らしています。

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