職場で自分だけワクチンを打たずに働くのは辛かった

上記でも退職して良かった云々を書きましたが、あともう1つ良かったのが、ワクチンのことで無言の圧力を感じずに済むようになったことです。

職業柄、職場でワクチンを摂取しなかったのは私だけだったので、居心地の悪さは感じていました。

会社から特に何か言われたわけではありませんが、上層部はワクチンを推奨していたので、打っていない人間に対して、あまり良い印象を持っていなかったと思います。

実際、職場ではワクチン接種者と非接種者が分かる形になっていましたからね。

ただ、「打ちたくないので打たない」というと角が立つので、職場でも違う理由で断っていました。

それでも、そうした姿勢に納得がいかないっぽい人もいて(私が逆の立場ならそう思うかも)、同調圧力をかけようとしたのか、はたまた単なる興味本位なのか、「何で打たないんですか」的なことを直接言ってくる人もいました。

その時ハッキリと「政府が信用できないからですよ」と言っても良かったのかもしれませんが、面倒なので下手な芝居でごまかしてしまいました。

もしかすると、政府をがぜん信用していたり、テレビ大好きな人にとっては、日本政府が推奨する無料で受けられるワクチン接種に、何の疑問も抱かないのかもしれません。

むしろ「他国同様、早くワクチン接種できるように日本政府は手配すべき」くらいに思っていたかもしれません。

私も幼少期から日本政府を信用できるような境遇にあれば、何の疑いもなくワクチンを打っていたかもしれませんが、残念ながらそうではありませんでした。

日本政府を信用できない理由の1つは、世界大戦中に日本人を助けるどころか、逆に自決や同調圧力による特攻を迫って、数多くの庶民の命を犠牲にしたからです。

結果、自国民(庶民)を助けるどころか、進んで見捨てて切り捨てるのが日本政府、という印象がずっとあります。

次に、国外の日本人に危険が迫っても、一貫して助けようとしません。それを後押しする民意も気持ち悪いのですが…最終的になぜか自己責任で終わるのが闇です。

また、足尾銅山鉱毒・水俣病・C型肝炎・薬害エイズのときにも、被害者をどん底へ突き落すような対応をとったことも記憶に残っています。

最近では、赤木さんの件で政府がとった酷い対応や、裁判所が機能していない現実を見て、改めてこの国に絶望しました。

最後に、これは明治時代以降一貫していることかもしれませんが、政府関係者やその関連企業、外資を含む大企業、富裕層は優遇し続けるのに、庶民に対しては重税を課し続けることです。

例えば、「社会保障財源が不足しているから消費税を上げる」とのことでしたが、実際には、関税撤廃や外資を含む大企業への減税による財源不足の補填に使われています。

年金財源や医療、福祉などの社会保障費は不足しているといいながら、オリンピックやマスク、クーポンにかけるお金は潤沢にあるのが滅茶苦茶です。

そんな感じで、日本政府はいつも2枚舌、3枚舌で庶民を犠牲にしている印象があります。

そんな政府が″無料″で推奨することには何かある 

と考えてしまい、今回のワクチンも信用できないので打ちたくないのです。

まぁこんな考え方は、職場だけでなく日本社会全体で見ても少数なので、受け入れられなくて当然かもしれません…実際、夫は接種しましたから。

世界的に見ると、「政府への信用度が低い国はワクチン接種率が低い」というデータがあるようなので、政府を信用している人はワクチンも積極的に摂取するのかもしれません。

でも実は政府を信用していない場合でも、同居している家族へ配慮してとか、職場で働き続けるためにとかで、本当は打ちたくないけど仕方なくワクチンを打った、という人も案外多いのかもしれません。

もちろん人生の優先順位は人それぞれなので、判断基準も人それぞれです。

それまでの人生で享受できた環境や境遇によって、物事に対する捉え方も大きく異なります。

私の場合は、幼少期に大切な人達をむごい形で失ったことが、社会への不信感となって心に残っており、どうしても日本政府や公権力が推奨することを信用できません。

そのため、亡くなった人達が生前よく言っていた、

  • 希望を捨てるな
  • 自分の頭で考えて行動しろ

という言葉に沿う形で、今回の選択に繋がったのだろうと思います。

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