引き続き、『日本が売られる』(堤 未果、2018)から引用します。
乳製品、特に牛乳に関しては、もはや世界中が放射能に汚染されている状況と、それ以外の健康への悪影響のため、できる限り摂取しないほうがいい食品だと認識しています(特に子ども)。
しかしながら、国内の酪農家や乳製品を扱う企業、乳製品が好物な人々にとっては重要な問題だと想像します。
2018年7月17日。
EU代表と日本政府が署名した日欧EPAについて、ワイドショーなどで大きく取り上げられたのは、今後大きく値段が下がるだろう、ヨーロッパの美味しいチーズの話題だった。(p86)
日本は8項目で関税ゼロを約束、中でもチーズなど乳製品についてはTPP交渉より大きく譲ったために、これから安い輸入品がたくさん入ってくるからだ。(p86)
チーズの関税は、カマンベール等のソフト系はEPAで、ゴーダチーズやチェダーチーズ等のハード系はTPPでそれぞれ撤廃を約束し、結局政府は国産チーズを全く守らなかった。(p86)
確かに、昨年くらいからスーパーで売っている乳製品は、海外産の安価な品が増えている印象を受けます。
これまで国産品は被爆が怖いから、海外産バターやチーズが安く買えるならラッキーと思っていた部分がありましたが、どうやらその裏では大変なことが起きていたようです、、、
テレビは「美味しい輸入チーズが安くなる!」「外食産業も期待!」などと宣伝し、チーズ好きの消費者は安く買えるとワクワクし、安く仕入れられる小売業は小躍りし、関税がなくなることでEUの酪農家も大喜びだ。(p87)
だが、この問題の第一人者である東京大学大学院農学生命化学研究科の鈴木宣弘教授は、この条約によって国内の乳製品生産高が最大203億円減少することを指摘し、「関税がなくなり安い乳製品が大量に入ってくると、国産牛乳が消えるだろう」と警鐘を鳴らす。(p87)
関税撤廃によって、スーパー等で海外産の乳製品が安く買えるようになると、なぜ国産牛乳が消えてしまうのか、そのカラクリはこうです。
「安いチーズやバターは大歓迎、日本は美味しい牛乳を作ればいいのでは?」(p87)
そういう声も多々あるが、ここには大きな誤解がある。(p88)
生乳の処理には順番があるのだ。(p88)
酪農家から生乳を集めた農協がメーカーに渡す時には、まず日持ちのしない牛乳と生クリーム用に出し、次に価格が安いので先に出す量を決めたチーズ用、最後に残った分の生乳で、保存期間の長いバターと脱脂粉乳を作る。(p88)
季節によって生産量と消費量が違う生乳は、夏は足りずに冬は余るので、余った分はバターと脱脂粉乳に回し、足りない時はバターと脱脂粉乳を輸入すればいい。(p88)
つまり関税をなくして全部安い輸入品に置き換わると、冬に余った生乳が行き場をなくしてしまうのだ。捨てれば膨大な赤字だし、安く売れば牛乳全体の値段が下がってしまう。(p88)
つまり、夏は、牛の搾乳量も少なく牛乳が余らないため、バター・脱脂粉乳の生産量は多くありません。
しかし、夏はバター・脱脂粉乳の消費量も少ないため、海外産がスーパーに並んでいても関税を課されて高額だったので、少ない量の国産品が売れる形で上手く回っていたと思います。
一方の冬は、牛の搾乳量が多く牛乳が余るため、その分でバター・脱脂粉乳を生産していましたが、同じように海外産は関税を課されて高額だったので、スーパーに並んでいても国産品のほうが売れて上手く回っていたはずです。
それを、関税を撤廃して年中、バター・脱脂粉乳を輸入してしまうと、これまで国産バター・脱脂粉乳を生産していた企業は、価格面で勝てなくなった結果、作っても売れなくなるため作らなくなります。
結果、酪農家は冬に余った生乳の買い取り先を失ってしまうため、牛乳が大量に余ることになるのです。もちろん、牛乳の消費量自体が減ったのもあると思います。
が、牛乳が冬に大量に余る主原因は、日本政府が海外から輸入するバター・脱脂粉乳の関税を撤廃したからでしょう。
そして、こうした状況を踏まえて赤字が出る前に辞めてしまおうと考えたり、後継者問題などを背景に、酪農家の廃業数は年々増えているのだろうと思います。
結果、このままいくと国内の酪農家は減り続け、夏には牛乳が足りなくなり、いつかは国産牛乳自体が消えてしまう可能性が高いわけです。
昨年末、岸田首相が国民に向けて「牛乳を飲んでください」と言っていたそうですが、それより前に、日本政府が関税撤廃をせずに国内産業を守るべきだったのです。
バターと脱脂粉乳を作るのを冬だけにするといっても、冬だけ工場を動かすのは採算が取れない上に、春夏秋だけ社員を解雇するのも難しい。(p88)
たかがバター、されどバター。バターは単なる「美味しい商品」ではない。国産牛乳と乳製品と酪農家を守るための重要な「調整役」だからこそ、国が高い関税をかけて守ってきたのだ。(p88)
数年前に冬場にバターが不足する事態があり、スーパーでも購入個数の制限がありましたが、今考えるとそれは、関税撤廃によって安価な輸入バターが入ってくると価格面で勝てなくなると判断したメーカーが、「もうそんなに作っても仕方がない」と生乳からバターを製造する規模を縮小してしまっていた可能性があります。
それでも、夏はバターの消費量が少ないため間に合っていましたが、冬になって想像以上に消費量が多くなると、バターを製造できる規模自体が小さくなっているため、どれだけ生乳があってもバターを製造できなくなるのではないかと思います。
「市場」に任せると調整がうまくいかないからこそ、自国産業を守るために先人が作った関税を、歴史から学ばぬ今の政府はいとも簡単に廃止した。その言い分はこうだ。
「守りだけでは戦えない。グローバル化のこの時代、日本の農業も、世界と対等に競争できる成長産業にならなければ。実際日本の酪農家が育てる牛の数は、すでにEU並みの規模を実現しているじゃないか」(p88、89)
他国の圧力に屈して、日本のあらゆる規制を緩和し、日本の資産を売り、自国民の生活を貧しくさせるグローバル化という名のアメリカ化の、どこに価値があるのか「世界と対等に競争したい人々」に教えてもらいたいものです。
結局、1960年代以降のアメリカとのさまざまな交渉で、日本政府が国内産業を守らずないがしろにしてきた結果が、現日本社会の衰退を招く主原因だったと思わざるを得ません。
それでも、
乳製品はこれまで、輸入量の多いナチュラルチーズでも関税率は約30%、脱脂粉乳とバターには100%を超える関税が課せられていました。その上、脱脂粉乳やバターなどは国内で足りなくなった時や国際約束に基づいて一定量を国の管理下で輸入する「国家貿易制度」による輸入に限定されてきました。(TPP発効が日本の酪農乳業に及ぼす影響 一般社団法人Jミルク)
として、国内の酪農家を守っていたのです。
そんな日本政府の保護が失われてしまった今、外国産乳製品の消費量が増えると、将来的に何らかの理由で乳製品の輸入が途絶えてしまった場合、国産の乳製品を生み出す力がないと一切の乳製品を手に入れられなくなる可能性があります。
近い将来、牛乳の代わりに、外国産バターと脱脂粉乳に水を加えた「還元乳」しか買えなくなる日がくるかもしれませんが、原発依存から脱却できない日本列島で、危険な牛乳やその他乳製品を子どもたちに摂取させたくないとも個人的には思うので、なかなか難しい問題だと認識しています、、、