与えられた環境で精一杯生きていると、病気になる・身体を壊す

社会人になってから、周囲の評価を気にしながら働くことに、多くの時間を費やしてきました。

仕事は相手があってのことですから、求められたことを返すのは当然と思い、可能な限り付加価値を付けて返すようにも努めていました。

また、上司を始め仕事上知り合う人の多くが猛烈に働いており、1年365日休みなく7年間働いている(!)人もいたので、「これが日本の常識、自分はまだまだ」などと思いながら働き続けていました。

でも、徐々にそんな働き方はおかしいのでは?と思うようになりました。

なぜなら、多くの人が、家族や友人と過ごす時間よりも会社で仕事に費やす時間の方が多く、薬を飲みながら身体をボロボロにして働いていたからです。

仕事をしなければ生きていけない状況も多いと思います。

が、だからといって大切な人との時間を犠牲にしてまで得たいもの、自分の身体を壊してまでしたいことは何なのか?疑問に思ってしまいました。

そうした生き方で得られるものが、自分が大切にしているものなら良いと思います。好きなことを仕事にしている場合は、休みなしで働くことが苦になりにくいらしいので…

でも、違和感を感じる不快な職場環境で、残業当たり前の過酷な働き方をしていれば、遅かれ早かれ心身ともに壊してしまうと思います。

啓発本や中国古書などには、与えられた環境で精一杯生きることを美徳とする思想が蔓延しています。日本でも「置かれた場所で咲きなさい」などという文言がありました。

学校教育でもそう教えられますし、親や周囲の大人からもそう言われて育つことが多いかもしれません。

確かに、そうやって与えられた環境でしか生きていくことができない時代であれば、仕方なかったのかもしれません。

でも、現代は自分が選んだ環境で生きられる時代

与えられた環境で精一杯生きるという考え方は、支配層に都合のよい思想です。

「過酷で劣悪な生活環境や労働環境に耐えて生きること」を美徳とする価値観が多数派である限り、人権無視の生活環境や労働環境は変わりません

よく、「頑張っていれば誰かが見ていてくれる」といった他力本願思想を目にしますが、現代日本の各労働環境にもはやそんな余裕はないと思います。

与えられた環境で精一杯生き続けると、庶民に正論を振りかざしながら裏で甘い汁を吸っている人々や組織のために犠牲になる可能性が高い。自分だけでなく家族までも…

もちろんそうした奴隷的ドM思想が心地よく、「社会の未来なんて政府や自治体、官僚、知識人に任せておけばいいんだ」と思っている人には無問題です。

でも、よりよい社会で暮らしたい、家族や友人、大切な人との時間を大切にしたい、人権無視の労働環境はおかしい、などと少しでも現状に問題意識をもつ人々には、「与えられた環境で精一杯生きるな」と言いたいです。