年金受給開始年齢が引き上げられてもおとなしい日本人

田舎の公立教育を受けてから10年以上経過した今も、「大半の人は、なぜ言われたことに黙って従えるんだろう?」という疑問があります。

その主原因は、質問や疑問を受け付けない頭ごなしの軍隊教育が徹底して敷かれ、立場が下の者から上の者への質問や疑問はおかしいという空気が文化として存在するからだろうと思っています。

歴史的にも国や政府から言われたことには黙って従うことが当たり前で、それが社会の秩序や治安を維持している面もあります。

それによる恩恵を受けているがために、大半の人は黙って従うのかもしれません。

が、そんな日本社会で今度、年金受給開始年齢が70歳に引き上げられるそうです。

でも、年金は元々60歳からもらえるというものでした。

にもかかわらず、国の財政がおかしくなってきたからって、それを国民への負担増で解決するなんて、何か変だと思います。原発事故後の廃炉費用捻出構造みたい…

過去に莫大な年金財源をハコモノに使ってしまったこと(年金保養センターなど)、現状も少子高齢化で財源が不足していること、そもそもシステム的に問題があること(若者が高齢者を支える)など、確かに単純に財源を増やせば解決するような問題ではありません。

が、それでも御用メディアやつくられた世論に流されて、「国民皆で痛み分け」「仕方ない」「皆で70歳まで働き続けよう」なんていう空気が信じられません。

そうやって、これまで政府が決めたことに上意下達で従ってきたがゆえに多くの問題が起きているのに…

そんな日本人の本質を指摘した人が明治時代にもいて、チェンバレンいわく日本人には、

知的訓練を従順に受け入れる習性や、国家と君主に対する忠誠心や、付和雷同を常とする集団行動癖や、さらには外国を模範として真似するという国民性の根深い傾向(『逝きし世の面影』p17)

があると述べています。

もちろんこの指摘が日本人全員に当てはまるとはいえないと思いますが、国家と君主に対する忠誠心や、付和雷同を常とする集団行動癖は、年金受給開始年齢引き上げに対して声を上げない国民に通じる性質だと思います。

アメリカの植民地となって70年以上経ちますが、このまま庶民が付和雷同的に進めば、今以上に息苦しく生きにくい社会になるはず…

年金問題を含む諸々が嫌で、表向きには怒りを表さずサイレントクレーマー的に日本から離れた人々もいるようですが、多くの庶民はなかなかそうはいきません。

ゆえに、上意下達でなく庶民が少しずつでも声をあげて、今いる社会をより良い方向へ向かわせる流れをつくりたいです…