「太陽の塔」は面白かったけど、怒っているような怖い印象も受けた

先月夫に付き合って大阪へ行った際、近くまで行ったついでに「太陽の塔」を見てきました。

太陽の塔とは、1970年大阪万博に際して岡本太郎氏によって生み出された、高さ70mの巨大な作品で、永久保存が決まった1975年から、2017年までは内部公開されていませんでした。

それが2018年から内部の常設展示が始まったらしく、今回はちょうどいい機会なので、事前予約してそれを見に行きました(前日の昼12時までに予約が必要・キャンセル不可)。

ただ、徒歩での鑑賞が一般的のところ、他の日程がハードなために夫が「エレベーターがいい」と言うので、エレベーター利用で予約。

結果、階段は思ったより長くも狭くもなく、鑑賞しながらだと徒歩でも行けそうだったので、上りは階段にして、下りをエレベーターにしました(これが正解でした)。

そんな太陽の塔は、万博記念公園の中にあります。

まず、大阪モノレール「万博記念公園駅」へ行き、そこから歩いて万博記念公園へ。歩いていると太陽の塔が見えてきます。

公園到着後、入口前の窓口で予約時に送られてきたQRコードを見せて、入園券をもらいました。

そして公園が開門するのを待ってから(9時半開門)、太陽の塔へ(10時開館)。

太陽の塔は10時に予約したので、その約20分前に入口前に行きました(太陽の塔の裏にある、階段を降りた場所)。

平日だったせいか空いていて、スムーズに入館できました。

時間になって館内へ入ると、外部からは想像もつかない異空間が広がっていました。

最初は、〈地底の太陽〉ゾーン。

展示されていた巨大な仮面は、大阪万博後に行方不明になって以降、いまだに見つかっていない〈地底の太陽〉を復元したものだそうです。

岡本太郎氏がこの巨大な顔から伝えたかったものは分かりませんでしたが、ライトアップされていたせいか少し不気味さを感じる展示でした。

その後、〈生命の樹〉ゾーンへ。

高さ41mの樹には、単細胞生物からクロマニョン人までの生物進化をたどる33種類の生き物が、下から上へと表情豊かに存在していました。

1階以外は撮影禁止なので、1階部分をじっくり見ながら写真を撮った後、階段で上りながら他の部分を鑑賞する形になりました。

上りながら感じたことは、人類は地球を支配した気になっているけれども、進化の過程から見れば、人類以外の生物や植物の時代のほうが圧倒的に長いわけで、結局、人類以外の生き物に支えられなければ、人類は生き続けられないという現実でした。

館内には、そんな終始独特な世界が広がっていましたが、個人的には、最上部にあった両手の構造(建設当時はエスカレーターで奥に行けたらしい)が印象に残りました。

結局、岡本太郎氏の真意は分からなかったのですが、、、

内部と外観を見て思ったことは、太陽の塔は明るい未来へ向けた希望の作品というよりも、3つの太陽の顔から覚えた怒りの印象と、1つの太陽の顔から覚えた無機質の印象のためか、ちょっと怖いというのが率直な感想です。

唯一希望を見出すとしたら、頂部の〈黄金の顔〉が表している未来ですが、、、

その表情からは「今後の人類の行動次第」と突き放しているようにも受け取れ、希望を見出せるかどうかは絶望的に感じました、、、

他の3つの顔、お腹にある〈太陽の顔〉が表す現在も、背面にある〈黒い太陽〉が表す過去も、万博後に行方不明になって復元された〈地底の太陽〉からも、怒りの表情が感じられ、正直快適とはいえない空間でした。

もちろん訪問した時期と天候も関係しているかもしれませんが、「太陽の塔」は、そこだけ周囲と異なる空気が漂い、現状の社会情勢とも重なっていろいろと考えさせられるものでした。

内部で見た人類の登場割合が、植物や他の生物に比べて圧倒的に少なかったことと、こんな風に怒っていたり無機質だったりする太陽の顔を見ると、造られた当時の時代背景とも相まって、人間の暴走を批判しているようにも受け取れます。

何も知らなければ、奴隷として経済中心社会の餌食になりつつも、マスメディアによる場当たり的な不安に煽られながらお花畑に生きられる社会ですが、、、

社会構造も含めてこれまで起きたこと、今起きていることを知ると、芸術家が作品を通じて鳴らしてきた警鐘の意味をようやく理解できる気がします。

なるようにしかならないとはいえ、今回「太陽の塔」を見て改めて、受動的ではなく能動的な生き方がいかに重要か、をひしひしと感じさせられました。