『原発列島を行く』莫大な利権が絡むと、政府もメディアも国民を欺く

『原発列島を行く』日本全国エアコンフル稼働なのに電力不足と言わない不思議
『原発列島を行く』(鎌田慧、2001)はタイトル通り、全国各地の原発地帯を著者が訪ね歩いた内容。 この本が発行された当時の原発に関する知識といえば、 原発が全国各地にあること、原発建設反対運動があること、原発誘致時に住民がお金で分断されて死...

の続きです。

原発を運転すると、高レベル放射性廃棄物が大量に出るのですが、、、その最終処分場がいまだに決まっていません。

原発推進派に問いたいのは、今後この核廃棄物をどうするのか?ということです。

原発を運転し続ければ、行き場のない核のゴミが出続けるわけですが、各原発にはもう貯めておく余裕がない。

それで仕方なく、最終処分場が決まるまでは、中間貯蔵施設(青森県むつ市、福島県大熊町および双葉町)に一時保管することになっているようですが、、、

著者が書いているように、

核廃棄物の貯蔵は、民間の倉庫業者にもあつかわせる、というのが国の方針で、深層地にこだわらない、としているので危険性はたかい。(p250)

倉庫業者に核廃棄物をあつかわせる、、、

いまだに国にはそれくらいの危険認識しかないのか、、、そりゃ原発で次々と事故が起きるわけだ。

しかも、

「中間」貯蔵という名目によって、「最終」処分場のように、1000メートル級の竪穴を掘って地層に埋設することなく、地上の建屋内に保存できる。(p250)

という。

いくつかの放射性物質がその半減期を過ぎるまで地上に置かれ、仮に地震や台風、大雨などの自然災害が直撃したとしたら、安全なはずがない。

さらに、

原発内での保存、運搬、受け入れ、貯蔵など、労働者が関わるときに、被爆しないかどうか。なん十年のあと、もしも中間貯蔵場から最終処分場へ移すとき、事故が発生しないかどうか。(p250)

とも指摘。

この先も国の危険認識が低いままだと、事故が発生する可能性が高そうです(事故が起きても隠蔽しそうだが…)。

『原発列島を行く』を読んで思ったことは、

この国でこのまま原発を動かし核廃棄物を出し続けていたら、近い将来、JCO臨界事故や福島原発事故以上の事故が起こりそう、、、ということ。

元原発賛成派だったある町議の言葉を抜粋。

「もしも津波が発生したとき、海の水位は急にさがる。すると冷却水の供給が間に合わなくなる」(p198)

日本の原発は諸外国の原発とは異なり冷却塔がなく、原発で発生した熱は海水で冷却する構造らしく、

この構造ゆえに、津波によって水位が下がり海水を取り込めなくなると、原子炉を冷やせなくなり、福島原発で起きたような大事故につながるというのです。

そうした危険性がすでに、福島原発事故が発生する10年以上前から指摘されていたということは、、、原発技術者が知らないはずがありません。

その危険性を知る人がいながら、カネに物言わせる体質と杜撰な管理が許され、事故が多発してきたことを考えると、原発政策は見切り発車だったのかも。

これは、日本だけでなく欧米諸国でも同様らしく、、、

原子力産業には莫大な利権が伴うことから、原発先進国では官民一体となって、原子力発電の危険性や原発事故の被害状況などを隠蔽しているのです。

日本でも技術者は何度もその危険性を伝えたのでしょうが、「国策」である原子力発電を進めるために、その声は握りつぶされたのではないかと推測、、、

地震大国にもかかわらず、津波に弱い原発を海沿いに数十機も建てて、事故が起きれば想定外と逃げる構造

「国策だから」と強引に推し進めてきた人々が、危険性を認識していないどころか、

例え認識していたとしても、軍隊の上官が兵士を使い捨てるように、原発では下請け労働者を使い捨てることに何の違和感も覚えない構造なのかもしれません。

原発で働く下請け労働者が日常的に被爆し、白血病や心筋梗塞、ガンで亡くなっている異常を、このまま放っておいて良いはずはない。

著者によれば、

「原発労働と被爆は、炭鉱労働とじん肺の関係などよりもはるかに深刻であり、かつ防止が困難である。」(p248)

という。

さらに著者は、

「社会的に受けいれられない企業活動ならば、それは反社会的な行為といえるのではないか」(p246)

と疑問を投げかけているが、

私は、被爆者および放射性廃棄物を日常的に出す原発自体、反社会的存在なのではないかと思いました。

原発は社会的に必要だという世論を形成しておいて、各地で原発を建設する。

結果、原発とそれに付随する施設を建設するために、ゼネコンや重電機メーカーなどの利権関係者が儲ける。

そして、それらを運営するための、官僚の天下り先となる原発関連団体を大量につくる。

ダム、飛行場、高速道路、万博、オリンピックなどと同じ構造なのだろうか?

しかしながら原発は、建設や運転、維持管理、核廃棄物処理(低レベル・高レベル)、今後続々と始まる廃炉など、各費用にかかった莫大な税金を上回るほどの恩恵(電力)を生み出しているのだろうか?

むしろ、各原発で事故が多発し、まともに運転できている原発はごく少数なのではないだろうか?

運転すればしたで、行き場のない危険な放射性廃棄物を膨大に生み出し続ける。

と同時に、作業に直接かかわる下請け労働者は日常的に被爆し亡くなり続ける。

しかも、そうしてかかった処理費用はすべて電気料金に上乗せ続ける

それ以外にも、人も含めた生態系や食物も含めて、程度の差こそあれ内部被爆させ続ける。

原発が出す温排水によって、海水温も上昇し続ける。

こんな企業活動が許されていいのだろうか?

これが反社会的な行為でなくて何なのだろう?

不要どころか危険なものをつくって利権関係者が儲ける構造、今の社会にも山ほどあるが、、、

今だけ、カネだけ、自分たちだけの構造は、国民の大半が反対の声を強く上げない限り、変わらないだろう。

【追記】約20年にわたって福島、浜岡、東海などで14基の原発建設を手がけた現場監督で、長年の被ばくによるガンのため1997年に58歳で亡くなった平井憲夫氏のインタビュー記事

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