ぺんぎんメモ

過去に日本語教師を目指していたのを思い出した

time 2019/06/01

数年前、海外で就労ビザが出やすい職業に、寿司職人や日本語教師があることを知りましたが、そういえば10代の頃に日本語教師養成学校へ通っていたことを思い出しました。新宿にある小規模な学校でしたが今もあるのかな?

当時どうしてそこへ通っていたのかハッキリ覚えていませんが、おそらく青年海外協力隊に憧れていて、そのための資格を得ようとしていたのではないかと思います。同時期の受講生は私よりも年上の方ばかりでしたが、色々教えてもらった記憶があります。

ただ事情があって、数か月後にはその学校を辞めてしまいましたが、あの時続けていたら今頃どうなっていたかなと、今回ふと思いました。当時はJICA経由以外の海外移住などは考えてもいなかったですし、まだまだ視野の狭い田舎者だったので、例え資格を取得できたとしても海外へ目を向けていたかは分かりません。

これとは違いますが、後々考えれば早く始めていたほうが断然メリットが多いことでも、当時はその必要性・重要性に気付けていないがゆえに、また広い視野と潤沢資金を持ち合わせていないがゆえに、真剣に取り組めなかったことが結構あります。英語学習もその1つ…

でも結局のところ、世間的にどう思われようとも、どれだけスタートが遅くなろうとも、「やる」か「やらない」かが自分の信念を表していると思います。「やらなかった」のは当時の信念に基づいていない事柄だったからで、当時の信念に基づいていた事柄だったら誰に何を言われても「やっていた」気がします。

最近、海外移住に際して就労ビザを取得しそれなりの給与を得られる職業を探していましたが、「もしかするとこれが今までやりたかったことなのでは?」と腑に落ちた職業がありました。

これまでその職業に対しては、国内就労にマイナスイメージがあったので敬遠していましたが、海外就労に際して改めて考えた時に(国・地域を限定せず広範囲で考えた時に)かなり印象が変わりました。

もちろん仕事に関しては大変そうですが、不思議と、その仕事に従事するための資格取得方法を検索し即資料請求したり、関連職種のアルバイトに応募したり、自分でも不思議なくらい行動が活発化しています。ここ数年で覚えていた希望のない将来から、希望のある将来に変わったような感じです。

実はこれまでの仕事で長年関わってきた分野であるものの、職種では考えもつかなかったので自分でも意外でした。思い起こせば、10代の頃にその職種でのアルバイト経験があったんですがそれすら忘れていました。もしかすると本心の部分では、その職種をやりたかったのかもしれません。

形になり次第、いつかここでも具体的に詳細をお伝えできればと思いますが、まだまだ奨学金完済など資金面で苦しい部分があるので、これからガーガー稼いでからになる予定です。何年かかるか分かりませんが、心底進みたい道が見つかったので希望が見えてきました。

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奨学金完済を目指しながら、旅、食、自然、心理、(セミ)リタイア、海外移住など追求して自由に暮らしています。

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