『日本が売られる』㉗地元漁業者の生活基盤を規制緩和で奪い、食料自給率を下げ続ける政府

の続きです。

引き続き、『日本が売られる』(堤 未果、2018)から引用します。

2018年5月24日。

水産庁は養殖業への企業参入を加速させ、水産業を「成長産業」とする改革案を発表した。自治体が地元の漁業協同組合に「漁業権」を優先的に与えるルールを廃止し、養殖用の漁業権を、漁協を通さず「企業」が買えるようにする。

さらに水揚げ漁港の集約や、沖合・遠洋漁業の漁船のトン数制限撤廃も入っており、これらを2018年10月の臨時国会で一気に法律として導入する狙いだ。(p120)

他のことでもそうですが、、、日本政府は、現場関係者に反対されないよう、情報を隠して遂行することが多いです。

水産庁が規制改革会議の強力な圧力のもと、「水産政策の改革について(案)」を出したのが5月24日である。それまで水産庁は庁内で厳しい箝(かん)口令を敷き、内容が一切外に漏れないようにしながら、漁業権の専門家と称する何人かで秘密裏に案文を仕上げたという。都道府県にも説明していないし、漁業者は何も知らなかった。

隠れて進む漁業権の民間開放 9月臨時国会で法改定の動き 長周新聞

その結果、

都道府県と現場関係者は大きなショックを受けた(p121)

といいます。

日本の海を持続可能な共通資源として管理する役割を担ってきた漁協は、県知事の指揮下で沿岸の海を守るため、一部漁業者の獲りすぎで価格低下や資源枯渇が起きないよう休漁期間を決めるなど、独自のルールで小規模漁業者や漁村、多様な日本の水産資源を管理してきた。

何十種類もの魚の資源管理と価格維持、様々な種類の漁業の一括管理などは、ビジネスのためだけでなく、海と共存しその天然資源の一部を人間が頂戴するために、長い間かけてそれぞれの地域の漁業者たちが現場で作り上げてきた貴重なノウハウだ。元水産庁職員で、鹿児島大学水産学部の佐野雅昭教授によると、各県の漁協が自分たちの海を守るルールを地域ごとに作り厳しく管理する日本のこの制度は、世界からも注目されているという。(p121)

にもかかわらず、豊かな海を残すために漁業者がやってきた長年の努力を無にする日本政府の水産改革は、水産関係者や研究者からも強い反対の声が上がっているそうです。

日本政府がやろうとしていることは、

地元漁業者から養殖業をとりあげて民間企業に開放し大規模化することである。だがそれは、地元漁業者の生活基盤を崩壊させることにつながる。また、生産性を高めるといって餌をたくさんまけば、赤潮の発生要因にもなり、50年、100年先を考えた漁業の持続的発展に逆行するし、民間企業はもうけ第一だから、事業収益が上がらなければ撤退するという事態も考えないわけにはいかない。

隠れて進む漁業権の民間開放 9月臨時国会で法改定の動き 長周新聞

のです。

自治体から直接漁業権が買えることになれば、コスト重視の企業はわざわざ漁協に入らないだろう。漁協に加入すると漁業権使用料を始め、施設利用料や販売手数料など細々とした経費を支払わなければならないからだ。

だが漁協を支える組合員が出資しなければ、漁場と環境を維持するための浜の清掃や稚魚・稚貝の放流作業、漁場の定期検査や造成、海難事故の際の救助など、公共資産である海を守ってゆくための必要経費が出せなくなってしまう。(p121)

そして漁港を集約すれば、小さな船で地元港に水揚げしていた零細漁業者はやっていかれなくなり、漁村は衰退するだろう。漁船のトン制限を取り去ることで、今後は外国の大型漁船がやってくる。EUが外国船のアクセスを自由化したことで、ノルウェー、フランス、ベルギー、オランダから大型漁船が次々に押し寄せ、地元漁船の大半が潰されてしまったイギリスの失敗例は有名だ。(p122)

水道民営化以外にも、他国の失敗例から学ばない日本政府ですが、もしかすると失敗することが分かっていても多方面からの圧力によって、やらざるを得ない状況なのかもしれません。

それは、

96%が家族漁業からなる日本の第一次産業(p122)

が、自国漁業を守らない日本政府によるTPP交渉によって、破壊されていることからも明らかです。

2013年11月。TPP交渉に途中参加させてもらう条件に、日本はアメリカとの間に「日米二国間文書」を交わしている。そこでの約束を忠実に守り、TPP条約に沿った国内環境を作るべく、規制改革推進会議はこの間せっせと法改正を主導してきた。

今回の漁業改革も、2019年発行予定のTPP11にぴったり沿っている。

第20章16条及び第10章「国境を超えるサービスの貿易」の附属書によると、日本が自国漁民に沿岸の優先的権利を付与することは許されない。(p122)

つまり、政府の政策は、日本や日本人のためではなく、アメリカを含む他国との契約のために行われているのです。

グローバル化した世界では、利益を出したい投資家や企業群が、公的資産であるはずの、種子や森、地下水や遺伝子、CO2を排出する権利に至るまで、何もかもに値札をつけてゆく。

海も例外ではなかった。(p123)

1970年後半より、アイスランド、オランダ、カナダなどが、海を使う権利を商品にした。「譲渡性個別割当」(ITQ)と呼ばれるこの制度では、最も多く金を出した者が海で漁業をする権利を持てる。

かつて日本にも似たような制度があり、漁業権は買い付けや借金の担保に売買されていた。金持ちの地主が漁業権を買い占め、地元漁業者が安い雇われ労働者になり下がり、このままでは国の資源である海と漁村を守れないという危機感が広がってゆく。

そこで戦後、漁業権の貸付と売買を禁止するために登場したのが、「漁業法」だ。(p123)

1949年に制定された、

この「漁業法」によって、漁業権は金のあるなしではなく、地元の海で働く漁業者がメンバーとなって出資する漁業組合に、優先的に渡されるようになった。(p123、4)

96%が地元の小規模沿岸漁業者で構成される漁協は、ずっと漁業を続けていかれるよう、海の使い方に厳しいルールを課す。企業が沿岸に原発を建設する際、まず影響を及ぼす区域の漁業権を買うために、漁協と長期にわたる交渉を重ねなければならないのはこのためだ。

もし、再び戦前の体制に戻し、企業が自由に漁業権を買えるようにすれば、原発建設は今よりずっと楽になる。(p124)

そうなってしまった場合、エネルギー資源のない日本列島に住む原発推進派は、原発利権で儲ける層と組んで、お金で住民を分断しながら原発を乱立し続けるでしょう、、、

海は、投資商品としても優秀だ。漁業権を複数買い占め、広域枠が欲しい企業に転売すれば、かなりの高値がつくだろう。だがこれには副作用もある。

オーストラリアでは全体漁獲量の4割、ニュージーランドでは6割、アイスランドではほとんどすべての総漁獲量(98%)が証券化され、経済危機の時に外資に買い上げられてしまった。

80年代に経済不況から新自由主義に転向したニュージーランドでは、漁業権を証券化した政府によって、漁業は名実ともに「商品」にされた。

旗振り役だった漁業省のスタン・クローサー氏の説明はこうだ。

「漁業の目的は漁民や漁村の維持でなく、経済的利益とする。以上」(p124)

アメリカ政府や日本政府以外にも、経済中心に考える政府が存在するようです、、、

チリでは漁業権の9割が、わずか7社の企業に買い占められている。

漁業権がEU管理下に置かれたイギリスでは、地元で魚を獲ることができなくなった漁師の9割が、EU離脱を支持していた。

中国・大連の漁師たちは、違法と知りながらなぜ他国の領海に入るのか?

理由は乱獲で水産資源が枯渇していることに加え、「漁業権」を権力者が買い占めてしまい、地元で漁ができなくなったからだ(p125)

こうしたことは今後日本でも起こる可能性が高いといい、その理由は、

2019年にTPPが発効されると、「漁業権」は入札制になり、日本の漁協が資金力で太刀打ちできない大手外国企業も参加するオークションの「商品」になるからだ。

魚が国民の重要な食糧である島国日本で、地元の漁師がやっていかれなくなったらどうなるだろう? テレビでは無責任なコメンテーターが、魚より肉を食べるからいい、魚を食べたければスーパーで輸入魚を買えばいい、と言う。(p125)

しかしながら以前、

でも書いたように、

餌の8割を輸入飼料に依存している肉や卵や乳製品は、輸出国の政策や、為替レートや自然災害、疫病などで、生産に支障が出たら即アウトになる(p125)

ため安定供給できない可能性が高いと思います。

魚や肉以外にたんぱく質を多く含む食品といえば、植物性たんぱく質の代表ともいえる大豆ですが、これもほぼ輸入に頼っているため、自給できない点で安定供給リスクが高いといえます(遺伝子組み換え大豆やゲノム編集大豆である可能性もあります)。

これから世界中で食糧が不足してゆく中、魚を成長産業にして国際競争力云々の前に、国がまず守らなければならないのは、明らかに自国漁業者と魚の自給率(p126)

であるにもかかわらず、日本政府には「第一次産業は国が守るべき資産」という考えはなく、TPP協定に沿って、アメリカ政府・企業・投資家の望むような政策をとり続けることにしか興味関心がないようです(今のところ、アメリカは離脱していますが)。

投票率30%前後の選挙で選ばれた国会議員、偏差値教育で量産された官僚、政府と大企業に忖度するメディア、政府とメディアに忖度する学者、政治に無関心な国民、そうした人々によって犠牲にされ続ける子どもたち、、、

そんな構造は、教育が変わって仕事中心風土が無くならない限り変わらないと思いますが、もし投票率90%で国会議員が選ばれるような社会であったなら(買収などの違法選挙なしで)、多少は違っていただろうと思います。

子どもたちのことを大切に考えられない人に、自国民・自国産業・日本列島を大切に考えられるわけがない」と納得できてしまう現実が日本社会にはあって、もはや「なるようにしかならない」と思えてしまうところもあるのですが、、、

それでも希望を捨てずに行動を続けることが、子どもたちのためには不可欠だと思うので、自分なりにコツコツできることを続けていこうと思います。

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